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  <title>いまじなりぃ。</title>
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  <description>創作小説、エッセイ置き場です。ジャンルはごった煮です。誹謗中傷はおいやめろ。やめてください。お願いします。</description>
  <lastBuildDate>Wed, 19 Jan 2011 06:59:10 GMT</lastBuildDate>
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    <item>
    <title>＃1-9</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
「それで？」</p>
<p>男女が交わる生々しい臭いをすぐ隣に感じながら、キールとロングヴィルは向き合っていた。<br />
歓楽街の一画にある娼館『カッツェ』の小部屋。<br />
普段は娼婦以外の従業員たちが小休止したり、食事を摂るための場所で、薄汚れたテーブルと座り心地のすこぶる悪い椅子が二脚あるだけの粗末な部屋だ。<br />
酒や食事を運んだり、客を案内するのは大抵が男の給仕だが、こんな場所で毎晩食事をしていると思うとキールは彼らに同情した。<br />
もっとも、好きでやっている者もなかにはいるのだろうけれど。</p>
<p>「なにか具体的な情報はあったのか？」</p>
<p>「いいや」</p>
<p>ロングヴィルの吐きだす煙管の煙をぼんやり眺めながら、キールは力なく言った。<br />
キールたちがあてのないマンドラゴラ探索を始めてから、既に五日が経とうとしている。<br />
結局、人の形をした奇妙な植物の根はどこにもなく、馬を走らせて街の端から端を探しても自生しているような場所は見当たらなかった。<br />
先の見えない現状もさることながら、キールの神経をより疲弊させることがある。<br />
シノンが倒れた日以来、どうしてかキールの相方にはリープフラウがあてがわれた。</p>
<p>「どうして、って&hellip;&hellip;キールさんは街を隅々までご存知でしょう？」</p>
<p>シノンの推測によってこれからの動きが定まった日の翌朝。<br />
イェーガーが提案した役割にキールは断固抗議した。</p>
<p>「それならシノンのほうが貧民窟のなかはよく知ってるし、なんとかって魔術で街じゅうを洗えるじゃないか」</p>
<p>「シノンさんには私と資料集めをしていただきます」</p>
<p>「知識人気取りかお前ら！」</p>
<p>指を差されたシノンは彼の言葉など耳に入らぬようで、机に向かってなにかを読み耽っていた。<br />
傍らに立ったリープフラウが「どうして私があなたとひと括りに&hellip;&hellip;」とぼやく。</p>
<p>「じゃあ、あなたがこれを全部調べてくださいますか？」</p>
<p>イェーガーはそう言って、辞典ほどの厚さがある紙をキールの目前に突き出した。<br />
全てのページは細かい文字で黒々としており、よくわからない図面やリストがある。</p>
<p>「ここ数ヶ月の間にマルベックへ出入りした人やものの概要です。これは私たちが巡礼者や関係する物資を記録するために集めたものです。全てに目を通したら、今度は自治議会、自警団、各ギルドへ行ってさらに多くの情報を集めます。リープフラウにはこれらの情報を引き出す権限がありません。私が代わりに街へ出ても意味がないのですよ。それとも、シノンさんと交替しますか？」</p>
<p>キールは押し黙ってイェーガーの指示に従った。<br />
確かにイェーガーの人選は的確だった。<br />
商人兼盗賊であるキールは街の表と裏の顔に精通しているし、リープフラウは治安の良い地区においては人々の警戒心を解く材料になる。</p>
<p>しかし。</p>
<p>「長&hellip;&hellip;俺ぁ、もう限界だ」</p>
<p>キールは汚い机のうえに突っ伏した。</p>
<p>「相当、あの娘にしごかれているようだな」</p>
<p>ロングヴィルは紫煙をくゆらせながら苦笑した。</p>
<p>「笑いごとじゃねぇぞ。あのアマ、飯もゆっくり食わせちゃくれねぇ。神殿に戻りゃ酒が飲めねえから昼間しかチャンスはないってのに」</p>
<p>二人は水と油のように反発し合っていた。<br />
大抵はリープフラウの頑なさにキールが匙を投げて従う、といった状態に落ち着く。<br />
だからキールは欲求不満を溜め込むばかりであった。</p>
<p>「あいつの頭には鉄の塊が詰まってる。間違いねぇ」</p>
<p>「そうぼやくなよ」</p>
<p>ロングヴィルはそう言って懐から小さな酒瓶を取り出し、キールに放ってやった。</p>
<p>「あいつらの保護下に入らなかったら、お前らはここから出てくしかないだろ？俺としても可愛い子供を見捨てるのは気が引ける」</p>
<p>「使える人材、の間違いだろう」と言いかけてキールは旨そうに酒を飲んだ。<br />
熱い塊が喉を過ぎて胃へと下っていく。<br />
久しぶりの感覚にキールはほっと息をついた。</p>
<p>「ひとつ、役に立つかわからんが情報がある」</p>
<p>「なんだい？」</p>
<p>この際、藁にもすがりたい気持ちでキールは身を乗り出す。</p>
<p>「このところ、奇妙な二人連れが街のあちこちに現れるらしい」</p>
<p>「奇妙な二人連れ？」</p>
<p>「そう」とロングヴィルは説明する。<br />
なんでもその二人は街のあらゆる薬屋と錬金術師の店、それに蔵書を抱え込んだ知識人たちの家を訪ねて回っているらしい。<br />
ひとりは小柄な少女で、もうひとりは深緑のローブに身を包んだ怪人だと言う。</p>
<p>「ああ、そいつらなら一度だけ見かけたな」</p>
<p>キールは惚れ薬やら媚薬やらのいかがわしい薬を扱う店に聞き込みをしたとき、その二人組が出てくるのを見かけていた。</p>
<p>「万屋の推測が正しければ、これほど怪しい連中もいないだろう」</p>
<p>「単純に、二人でお楽しみってわけじゃなさそうだな」</p>
<p>キールはそう言って、もうひと口酒を飲んだ。</p>
<p><br />
翌日、キールとリープフラウは街を探索するにあたり、やみくもに動くのではなく、薬屋、錬金術師の店を中心に回ることにした。<br />
マルベックは国土が小さく、ほとんどを商業施設や住宅が占めているため農業や牧畜からは程遠い。<br />
戦乱が起きて物流が止まれば真っ先に犠牲になるのは、この国に住まう人々だろう。<br />
そのため自治議会は食糧や薬品の保存法に力を入れている。<br />
自給自足に弱いという背景からマルベックは、薬草学や錬金術による長期保存用の加工技術に長けており、国外から食糧や薬草がよく運ばれる。<br />
しかしそれがキールたちの調査をより困難にしていた。<br />
来る日も来る日も調査書に目を通すシノンとイェーガーの労力には計り知れないものがある。<br />
キールたちとて植物に関連するということで、今までも薬草や毒草の類を扱う場所を訪ねたことはあったが、有力な話を聞けたことはない。</p>
<p>結局、当たりをつけたものの、二人はマンドラゴラに関することはおろか、奇妙な二人組に会えることもなく昼食を摂ることになった。<br />
日が少し傾きかけている食堂には人がまばらで、残っているものも軽食しかない。</p>
<p>「あと、エールをひとつ」</p>
<p>「結構です」</p>
<p>「&hellip;&hellip;」</p>
<p>このやり取りも定型化してきたな、とキールは苦笑する。</p>
<p>「腹が膨れねぇよ。一杯くらいいいだろう？」</p>
<p>「ダメです」</p>
<p>リープフラウはぴしゃり、とキールの要望を跳ね退けた。<br />
キールは諦めて、困った顔で二人を見比べている給仕に注文は以上、と手で合図した。</p>
<p>「あんたといると酒の神様に嫌われそうだ」</p>
<p>おどけて言うキールに向かって、「馬鹿なことを」とリープフラウは呆れ顔を見せる。</p>
<p>「毎晩、夕食のときに『食前酒』を飲んでいるではありませんか」</p>
<p>どこが食前なのか、と言いたげに彼女はそこだけ強調して言った。<br />
キールは鼻を鳴らしてグラスに注がれた水を飲んだ。</p>
<p>「度を過ぎた飲酒は判断力を鈍らせます。夜は黙認しているのですから、日の明るいうちは自重してください」</p>
<p>「俺は酒の神様に愛されてるから、ちょっとやそっとじゃ正体なくしたりしないよ」</p>
<p>リープフラウはキールの軽口をため息で受け流す。<br />
この男には緊張感や危機感というものが欠落している。<br />
事件を解決しなければ彼は罪人扱いされ、法に守られたとしても相応の報復を受ける可能性があるというのに。</p>
<p>「まったく、あなたは自分の立場がわかっているのですか」</p>
<p>運ばれてきたサラダとパンに早速手をつけ始めるキールに向かってリープフラウは訊ねる。</p>
<p>「この事件の原因をはっきりさせない限り、あなただけでなくシノン殿も普通に暮らすことができないのですよ？」</p>
<p>「だろうなぁ」</p>
<p>キールの他人事のような反応にリープフラウは絶句する。</p>
<p>「なにかあてでもあるのですか？」</p>
<p>「なにも」</p>
<p>「それなら、なおのこと&hellip;&hellip;」</p>
<p>キールは口に詰め込んだものを咀嚼し終えると、皿を彼女のほうに寄せた。</p>
<p>「食えよ。俺がひとりで全部食っちまう」</p>
<p>リープフラウは「はぁ」と曖昧に返事をしてパンを手に取り、千切って口に運んだ。<br />
パンはほんのりあたたかく、香ばしい風味が口に広がる。<br />
彼女はそこで初めて自分が空腹であったことに気付いた。</p>
<p>「食うときは食う、休むときは休む。これは大事だぜ？盗賊だろうが、商人だろうが、神官だろうが」</p>
<p>「&hellip;&hellip;はい」</p>
<p>少し気恥ずかしくなってリープフラウは俯く。<br />
そうしてしばし二人の間には食事の音だけが流れた。</p>
<p>「さっきの話」</p>
<p>食事を終え給仕が皿を下げると、キールはゆっくりと口を開いた。</p>
<p>「&hellip;&hellip;ええ」</p>
<p>「もしそうなったら、街を出るだけさ」</p>
<p>「そ、そんなに簡単なことですか？あなたが今まで築いてきたものはどうするのです？ロングヴィル殿や懇意になさっている方々は&hellip;&hellip;」</p>
<p>「さあね？また縁がありゃ、会えるんじゃないか」</p>
<p>「そんな&hellip;&hellip;」</p>
<p>リープフラウの哀しげな顔を見て、キールはうんざりしながら言う。</p>
<p>「あのな、あんたがなにをそんなに心配してるのかは知らんが、俺にはしがみついてでも守りたいものなんてありゃしない。確かに店を失ったのは腹立たしいが、命を賭けるほどのもんじゃない。またどっかでやり直せばいい。生きてさえいりゃ、どうにでもなる」</p>
<p>「&hellip;&hellip;」</p>
<p>「きっと、あいつも同じだと思うぜ。少なくとも俺の周りにはそういう考え方の奴しかいないよ」</p>
<p>「私には、理解できかねます」</p>
<p>「理解する必要はないし、俺たちの真似をする必要もない。あんたはあんたの信じる通りに生きりゃいいのさ。こうやってたまたまつるむ機会があったってだけじゃねぇか」</p>
<p>怒りを抑えているように声を震わせたリープフラウを見て、キールは不思議そうな顔を向けた。<br />
リープフラウが下唇を噛み締めて、なにかを言おうとしたとき。</p>
<p>「お客様っ？」</p>
<p>食器が割れる音と給仕の声が聞こえた。</p>
<p>二人が音のしたほうに視線を向けると、そこには深緑のローブに身を包んだ人物と、その人物に抱きかかえられた小柄な少女がいた。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/%EF%BC%831-9</link>
    <pubDate>Wed, 19 Jan 2011 06:59:16 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>#1-8</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>マルベック、ソーモン地区。<br />
自治議会がある街の中心部で治安や利便性に力を入れているため、地価が高くこぎれいな宿屋や商業施設が軒を連ねている。<br />
なかでも古くから存在し、老舗と呼ばれるような宿では、一泊しただけでも町民がしばらく暮らせるほどの宿泊費を請求される。<br />
よってこの地域で宿を取る者は、各国の来賓をはじめとした、いわゆる貴族階級以上の人間たちに限られる。<br />
並みの旅商や巡礼者、貧乏な冒険者たちは歓楽街やキールの店がある地区で治安の悪さに警戒しながら過ごすのが普通だった。<br />
だからその二人組がフロントにやってきたとき、他の宿泊客はもとより従業員までもが好奇の眼差しを送ったのも、無理からぬことだった。</p>
<p>「こちらでしばらく宿をとりたいのです。空き部屋はございますか？」</p>
<p>やたらと丁寧な言葉遣いで訪問者のひとりがフロント係の男に訊ねた。</p>
<p>「どれくらいのご滞在をお考えですか？」</p>
<p>男は慇懃な態度を崩すことなく、宿泊名簿をめくった。</p>
<p>「ひと月ほど」</p>
<p>その言葉を聞いた瞬間、彼は失笑して女の顔を一瞥した。<br />
顔にまだあどけなさが残る、女というよりは少女といったほうがよさそうな面持ちに、長旅用の無骨な外套で身を包んでいる。<br />
少女の後ろには深緑のローブに身を包んだ人物が佇んでいた。<br />
さっきからひと言も喋らないうえに、フードを目深にかぶって顔が判別できないが、背格好から男性のようだった。</p>
<p>「申し訳ございませんが、ただ今空き部屋はございません」</p>
<p>「&hellip;&hellip;今の時期であれば宿屋はどこも閑散としている、と街で伺ったのですが。こちらはできたばかりのようだし、どこへ行くにも便利なので是非とも利用したいのです」</p>
<p>少女は疑わしげに彼の顔を見た。</p>
<p>「お褒めにあずかり光栄でございます。しかし申し訳ございませんが、手前どもの宿ではお客様にご紹介できるお部屋はございません」</p>
<p>男はいろいろな意味を込めて二人の宿泊を断ると、もう話すことはない、といった様子で自身の手元に視線を落とし、それまで着手していた作業に戻った。<br />
にべもない様子のフロント係に少女が困惑の表情を浮かべて背後を振り向くと、フードに覆われた人物の頭部が微かに動いた。<br />
彼女はそれを見て毅然とした態度でフロントに向き直る。</p>
<p>「とりあえず前金でこれだけお支払いたします」</p>
<p>そう言って彼女は外套のなかから、握り拳大の重そうな革袋を取り出した。<br />
胡散臭そうに袋の中身を見た男の顔が強張る。<br />
そこにはウィーネ諸国共通の金貨がぎっしりと詰まっていた。</p>
<p>「なにか？」</p>
<p>「い、いいえ。し、失礼いたしました。もう一度名簿を確認して参りますので、少々お待ちください」</p>
<p>男は大慌てで名簿を見直す『ふり』をしてから、咳払いをひとつ。</p>
<p>「ひ、ひとつだけご案内できるお部屋がございます」</p>
<p>「まあ、それはよかった」</p>
<p>少女は芝居がかった仕草で手を合わせる。</p>
<p>「滞在中に足りなくなりましたら、お手数ですがお声かけくださいね」</p>
<p>名簿に二人分の名前を素早く書き込みキーを受け取ると、可憐な花のような笑顔を残して少女はローブの人物と共に颯爽とフロントを後にした。</p>
<p>「どうもこの国の人々は金銭の有無で対応を変えるようですわ」</p>
<p>部屋に入ると少女は外套を脱いで手近にあった椅子の背にかけ、後から部屋に入った人物の羽織っていたマントに手をかけようとした。</p>
<p>「ユーリ様、どうされ&hellip;&hellip;」</p>
<p>手で動きを制された少女が不思議そうな顔をすると、ドアをノックする音が聞こえた。</p>
<p>「どうぞ」</p>
<p>ユーリと呼ばれたローブの人物から発せられた声は男のものだった。</p>
<p>「失礼します」</p>
<p>彼の返事を受けて若い男性の使用人が部屋に入ってきた。<br />
使用人は食事をする場所やらなにやらをひと通り説明すると、指先を擦って見せた。<br />
ユーリは自身の懐から金貨を一枚取り出して、少女に渡すよう促す。<br />
彼女は面白くなさそうにしながらも、ユーリから受け取った金貨を使用人に手渡した。<br />
使用人は深々とお辞儀をして部屋を出て行った。</p>
<p>「いやらしい笑いかた」</p>
<p>少女はたっぷり間を置いてからそう言って、部屋の鍵をかけユーリのマントを脱がせた。</p>
<p>「大金をちらつかせると、こうなるから嫌だね」</p>
<p>「申し訳ありません。私の交渉が拙いばかりに」</p>
<p>「ルマージュのせいじゃないよ」</p>
<p>ユーリは苦笑してベッドに腰掛けた。<br />
王宮のなかにあっても遜色ない、柔らかな感触だった。<br />
これなら彼女の身体にも負担にならないだろう、とユーリは内心ほっとする。</p>
<p>「すぐにでも『探索』に出られるのですか？」</p>
<p>ルマージュと呼ばれた少女は自身の外套とユーリのマントを抱えて衣装棚にかけたり、備え付けの茶器を用意したりと動き回りながら訊ねる。</p>
<p>「いや、今日は結構歩いたからね。ゆっくり休んで明日動こう」</p>
<p>その言葉にルマージュは少し複雑な顔を見せた。</p>
<p>「私なら、大丈夫です。まだ夕暮れまで時間がありますし、お伴しますわ」</p>
<p>ユーリはしばらく彼女の顔を見つめていたが、やがて目を閉じてベッドに寝転がった。</p>
<p>「うわっ、ふかふかだ。君もやってご覧よ」</p>
<p>「ユーリ様&hellip;&hellip;」</p>
<p>「ぼくが疲れているだけだよ。マルベックには旨い煮込み料理があるらしいから、それを食べに行こう。君が作るのとどちらが旨いだろうね？」</p>
<p>「もう&hellip;&hellip;」</p>
<p>子供のように笑う彼を見てルマージュも頬を緩ませた。<br />
そして心のなかでそっと感謝する。</p>
<p>「それはそうとルマージュ」</p>
<p>「はい？」</p>
<p>「本当に同じ部屋でよかったのかい？」</p>
<p>「な、なにを仰るんです！」</p>
<p>少女はからかうようなユーリの言葉に、頬を紅潮させてそっぽを向いてしまう。</p>
<p>「ぼくも健全な男だからね。君のためを思ってさ」</p>
<p>「な、な、な&hellip;&hellip;」</p>
<p>「資金のことなら心配ない。どうせ『結社』の連中は相当貯め込んでいるだろうから」</p>
<p>ルマージュは目を白黒させて抗議の言葉を考えていたが、やがて俯くと寂しそうに、ぽつり、と呟いた。</p>
<p>「なにもしないくせに&hellip;&hellip;」</p>
<p>「冗談だよ、って&hellip;&hellip;」</p>
<p>彼女の呟きとユーリの声が重なった。</p>
<p>「うん？なにか言った？」</p>
<p>「なんでもありませんっ」</p>
<p>先ほど廊下を歩いてきた使用人の足音には気付いたくせに、聞こえていないわけがないとルマージュは苛立つ。<br />
彼女はユーリの背後に回ると、少し乱暴に彼のフードをめくり上げる。</p>
<p>「痛いな」</p>
<p>ユーリの『突き出た耳』が勢いよく飛び出した。</p>
<p>「『髭』にも引っかかったじゃないか」</p>
<p>「知りません、もう」</p>
<p>やれやれ、とユーリはルマージュの後姿を眺めながら、自分の『毛むくじゃらな頬』を撫でた。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/-1-8</link>
    <pubDate>Mon, 29 Nov 2010 08:56:35 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>#1-7</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
キールはもはや見るかげもなくなった店先で片づけを始めた。<br />
シノンはすぐに神殿内の客人用個室で介抱されたが、まだ眠っている。<br />
どうして魔術行使のあと卒倒したのか。<br />
魔術に限らず、祈りや精霊との交信といった行動には凄まじい集中力を必要とする。<br />
体調が悪い者や疲弊している人間が使えば倒れることも不思議ではない。<br />
しかし、シノンの身体を診た限り、そういった要因は見つからなかった。<br />
手当をした神官たちは首を傾げるばかりだったが、イェーガーだけはなにかを知っている様子だった。<br />
気に入らなかったが、キールは敢えてイェーガーには追求しなかった。<br />
もし、本当に伝えたいことがあるのなら、本人の口から聞くべきだと思う。<br />
誰だって直視できない過去のひとつや二つある。<br />
この街で最も付き合いの長いレフのことすら、キールはあまり知らない。<br />
そしてキール自身も、自分がもとは商家の産まれであったことは誰にも言っていない。<br />
お互いさまなのだ。</p>
<p>事件のせいで神殿に寝泊まりしなければならないとはいえ、ある程度の自由は認められていた。<br />
そんなわけでキールはシノンの意識が戻るまで、今朝カイユたちにいいように破壊された店をせめて片づけようとやってきたのだった。</p>
<p>背後で足音がした。<br />
キールは咄嗟に懐の投げナイフに手を伸ばす。<br />
しかし、そこにいたのは純白の鎧に身を包んだ若い女騎士だった。</p>
<p>「勝手に動かないでいただきたいのですが」</p>
<p>息を切らしながらリープフラウは憮然として言った。<br />
必ず二人ひと組で行動するように、とのイェーガーからのお達しだったが、キールはシノンの容体を聞くとすぐに神殿から出てきてしまったのだ。</p>
<p>「ああ、あんたか」とキールは彼女に一瞥くれると、再びがれきの山の整理にあたった。<br />
その態度を見てリープフラウは険しい目をする。</p>
<p>リープフラウがマルベックの神殿にやってきたのはほんの最近のことだ。<br />
彼女の故郷、アルキール大陸の北西部に位置する国家ヌーヴは、優れた統治体制のもと治安の良さと国力の豊かさではウィーネ諸国で一、二を争う。<br />
そんな国の中流階級の家庭に産まれ、道徳や倫理といったものを教え込まれて育った彼女にとって、マルベックは背徳の街といっても差し支えなかった。<br />
誰しもが理想や気高い思想に俯いて、目を合わせようともしない。<br />
全身全霊を込めて人間の本来あるべき姿を説いても、その場では卑屈に笑い、裏でコインの勘定に精を出す。<br />
そういった人々の吹き溜まりだった。<br />
そして、昨夜初めて『生きた反応』をした者といえば、この男だったのである。</p>
<p>「キール、と言いましたね？この際です。はっきりさせておきましょう」</p>
<p>彼女はがれきの山にしゃがみ込む背中に近付いた。</p>
<p>「昨夜お会いしたときからそうですが、あなたはどうして神を蔑むようなことばかり口にするのです？人には救いが必要です。救いの対象を貶めることは間違っています。そうは思いませんか？」</p>
<p>キールは応えず割れた瓶を拾い上げ、首を振ってそれを投げ捨てた。</p>
<p>「あなたの信じるものはなんなのですか？」</p>
<p>リープフラウは重ねて問う。<br />
どうせ応える気などないのだろう、と次の言葉をつぐために彼女は口を開きかけた。</p>
<p>「信じるもの、ね&hellip;&hellip;」</p>
<p>予想に反してキールは手を止め立ち上がった。<br />
振り返りじっとリープフラウを見つめる。<br />
昨夜の出会いから今日の半分をともに過ごし、無礼で下賤だと毛嫌いしているはずの男の視線を彼女は真っ直ぐに受け止めた。<br />
傾きかけた日が逆光になり彼がどんな表情（かお）をしているかはわからない。<br />
わからないけれど、なぜか目を逸らしてはいけない気がした。</p>
<p>「&hellip;&hellip;なあ、あんた、自分の上官のこと、どれくらい知ってる？」</p>
<p>返ってきた言葉は予想だにしないものだった。</p>
<p>「そ、それと、今の話とどう関係があるのですか？話をはぐらかさないでいただきたい」</p>
<p>「そんなつもりはない。ただ&hellip;&hellip;少し思うところがあってね」</p>
<p>キールは少しの間、リープフラウの言葉を待っていたけれど、やがて肩をすくめて作業に戻ってしまった。<br />
誠実に応えるべきだったろうか、とリープフラウが後悔したとき。</p>
<p>「俺はべつに、神様をバカにしてるわけじゃない。神様の名前を使って偉そうにしてる奴らが嫌いなだけだ」</p>
<p>背中を向けたままキールはぶっきらぼうにそう言った。</p>
<p>「そんな人間は&hellip;&hellip;」</p>
<p>リープフラウが反論し切る前にキールは言葉を被せた。</p>
<p>「いるはずない、か？残念ながらいるんだよ、必ずな。そしてそいつらを許容してる神様は、あんたが信じてる神様と一緒なんだよ」</p>
<p>なにかしら、リープフラウのなかで引っ掛かるものがあった。<br />
彼の言葉は、まるで&hellip;&hellip;</p>
<p>「&hellip;&hellip;キール、あなた&hellip;&hellip;」</p>
<p>「&hellip;&hellip;勘弁してくれ」</p>
<p>リープフラウの憐れむような視線に気付き、キールは失笑した。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　&dagger;<br />
<br />
こそばゆい視線を感じ、シノンは意識を取り戻した。</p>
<p>「りんご&hellip;&hellip;」</p>
<p>目を開けると昨日の子供の泣きそうな顔が至近距離にあった。</p>
<p>「ああっ、こら。こんなところに入って&hellip;&hellip;」</p>
<p>たくさんの洗濯物を抱えた使用人らしい女が慌てて部屋に入ってくる。</p>
<p>「戻りましょ、ね？」</p>
<p>女が微笑んであやしても、子供はシノンのシーツを握ってその場から動こうとしない。</p>
<p>「お休みなさってるお客様に迷惑だし&hellip;&hellip;」</p>
<p>彼女は塞がった両手と子供を見比べて困り果てた顔をした。</p>
<p>「いい」</p>
<p>シノンは掠れた声で女に言った。</p>
<p>「でも&hellip;&hellip;」</p>
<p>「かまわない」</p>
<p>「助かります。それでは申し訳ございませんが、少しの間だけお邪魔させていただきますね。これを置いたらすぐに戻ってきますから」</p>
<p>女はにこやかに笑って部屋を出て行った。<br />
子供は湯浴みをしたらしく飾り気のない清潔なローブを着せられ、ぼさぼさだった髪の毛は花のかたちを模した髪結いでひとつに束ねられていた。</p>
<p>「なんだお前、女の子、だったんだな」</p>
<p>シノンはそう呟いて子供に弱々しい笑みを向けた。</p>
<p>「りんご、りんご」</p>
<p>女の子は笑みを向けられて安心したのか、ベッドに上体を預けてぴょんぴょんと跳ねた。<br />
こんな幼子がひとりきりで貧民窟にいた経緯は知るよしもないが、両親が見当たらず心細かったのだろう。<br />
見知った顔を見つけて彼女は喜んでいるようだった。<br />
いや、ひょっとしたらこの娘は産まれたときから親の顔を認識できる状況じゃなかったのかもしれない。<br />
シノンは親がそばにいないのに、泣くこともない女の子の身の上を想像した。</p>
<p>「お前はどこで、どんな人たちから産まれたんだ？」</p>
<p>通じないとはわかっていたが、シノンは訊ねる。<br />
子供は首を傾げて彼に顔を近付けた。</p>
<p>「&hellip;&hellip;どうすれば、いいんだろうな」</p>
<p>シノンは子供の頬にそっと手を当てた。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　&dagger;<br />
<br />
<br />
「原因はマンドラゴラってやつだ」</p>
<p>夜になり夕食の席でシノンは全員に説明を始めた。<br />
彼の意識が戻ったという知らせはイェーガーによって、レフの酒場へ寄ろうとしていたキールとそれを止めようとしていたリープフラウに伝えられ、彼らは今、この事件に関わりのある四人だけで食事をとっている。</p>
<p>「なんだそりゃ？」</p>
<p>キールはもう五杯目になる食前酒に口をつけて訊ねた。<br />
斜め前からリープフラウの視線が突き刺さるが、気にしないことにしておく。</p>
<p>「処刑台や戦場跡、そういったところに染み付いた諸々の思念を吸って自生する植物、というかなんというか」</p>
<p>「人の思念を養分にする植物、というよりは、魔法生物のようなものですか？」</p>
<p>「&hellip;&hellip;そういうことだ」</p>
<p>シノンはイェーガーの言葉に頷いた。</p>
<p>「見た目は茄子に似ているが果実は橙色で甘い芳香を放つ。食えないこともないが不味くて好んで食う奴はいない。果実よりも根を使う場合が多いな。強力な毒性を持つが使い方によっては優れた薬にもなる」</p>
<p>「うえ、そんなところに生えるものを食うのかよ」</p>
<p>キールが舌を出して顔をしかめた。</p>
<p>「形を見たら余計に、口にしようとは思えない代物だな」</p>
<p>シノンはキールの言葉を聞いて懐から本を取り出し、あるページを開いて一同に見せた。</p>
<p>「こ、これは」</p>
<p>リープフラウが絶句する。<br />
そこには頭に植物の枝葉を生やし、両手を後ろ手に縛られ身体を捩じらせたような格好をした人の絵があった。<br />
絵そのものは写実的ではないが、マンドラゴラという植物の不気味さは充分に伝わる。</p>
<p>「マンドラゴラのおぞましいところは生える条件や、毒性だけじゃない。なんといってもこの根の部分だ。こいつは土から引っこ抜くと悲鳴を上げる。それもただの悲鳴じゃない。聞いた者が悶死するような悲鳴だ」</p>
<p>「なるほど、それであの遺体は&hellip;&hellip;」</p>
<p>イェーガーが得心する。</p>
<p>「そう、あんたたちが見たっていう苦悶の表情、それに異常な力で掻き毟られた耳。死因については断定してもいいだろう」</p>
<p>シノンは遺体の様子を思い出したくもないのか、唾を吐き捨てるようにして言った。</p>
<p>「やれやれ、長にとっとと店を建て直してもらわないとな」</p>
<p>これで事件は解決、とばかりにキールはグラスを干し、使用人の呼び鈴を鳴らそうとしたが、リープフラウが手を伸ばして呼び鈴を取ってしまう。</p>
<p>「&hellip;&hellip;だったらいいんだけどな」</p>
<p>「不自然、というわけですね」</p>
<p>揉み合うキールとリープフラウを置いて、シノンとイェーガーは話を続けた。<br />
キールが呼び鈴を諦めてシノンに疑問の顔を向ける。</p>
<p>「自生する場所は、年季の入ったギロチン台の根元か死霊が湧き出てきそうな戦場跡に限定される。ここじゃ人殺しなんて珍しいことじゃない。だけど&hellip;&hellip;」</p>
<p>人と物が絶えず流動するマルベックにおいては、積年の憎悪や失意が停滞して土地に染み込むということは考えにくかった。</p>
<p>「お前の話からすると、その気味の悪い根っこがどこかにあるんじゃないのか？」</p>
<p>「&hellip;&hellip;だな。誰かが持ち帰ったりしない限りは、な」</p>
<p>キールの指摘にシノンは重々しく頷いた。</p>
<p>「まさか、意図的に発生を促した輩がいると？」</p>
<p>イェーガーが推測する。</p>
<p>「話がややこしくなるから、考えたくはないんだが&hellip;&hellip;理論的には不可能じゃない」</p>
<p>シノンは肩をすくめた。<br />
キールもシノンが懸念していることを理解して、大きなため息をついた。<br />
はっきりとした原因がわからなければ、彼らの身に及ぶ危険は取り払われないだろう。</p>
<p>「この人数で街じゅう探せってか&hellip;&hellip;」</p>
<p>キールは言葉にしてはいけないと思っていたことを、思わず呻いてしまった。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/-1-7</link>
    <pubDate>Mon, 22 Nov 2010 08:15:33 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>#1-6</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>「どうして神殿が盗賊ギルドの殺しに首を突っ込む？」</p>
<p>歓楽街から出て神殿へ向かう道すがら、キールは面倒くさそうに訊ねた。<br />
本来、マルベックで事件が起こればそれは自警団と呼ばれる自治国家ならではの、旅商に雇われた用心棒（バウンサー）や流れ者の傭兵、そして国家から選出された者たちで組織された有志部隊が取り仕切る。<br />
神殿はあくまで死傷者の対応や、事件の発端が宗教がらみであったときのみ、指揮権を有するはずだった。<br />
リープフラウが彼に対しての反感を顕わにして黙っていたため、仕方ない、といった様子でイェーガーが答えた。</p>
<p>「昨夜の死体には、誰かに傷つけられた跡がありませんでした」</p>
<p>「&hellip;&hellip;俺の見間違いじゃなけりゃ、頭の辺りに血溜まりがあったと思うんだが」</p>
<p>「ええ、おっしゃるとおりです。でもあれは自分でやったものです」</p>
<p>「なに？」</p>
<p>「遺体を室内に運んだとき、自警団のみなさんも我々も息を飲みましたよ。あれほどまでに苦悶の表情を浮かべたまま亡くなった方を、私は今まで見たことがありません」</p>
<p>イェーガーの説明によると、ヴードは戦慄の表情を浮かべ、なぜか自分で自分の顔じゅうを引っ掻いていたらしい。<br />
目、鼻、口とあらゆる場所に切創や無数の擦過傷があり、指先にはこそぎ取った自身の肉片が大量に付着していた。<br />
特に損傷が酷かったのは耳で、文字通り跡かたもなく潰れていた。</p>
<p>「しかし、顔の傷だけで絶命したとは考えられません。確かに出血は酷かったですが」</p>
<p>「つまり、どういうことなんだよ」</p>
<p>キールが少しじれたように言う。</p>
<p>「それをこれから、調べていただきます」</p>
<p>イェーガーは一行の最後尾を歩いているシノンを振り返った。</p>
<p>「呪詛や病魔の可能性があるとすれば、我々の祈り（プレイ）や讃歌（チャント）にて恩寵（サクラメント）を具現化できますが、それはありませんでした。となると&hellip;&hellip;」</p>
<p>「魔力感応（センス・マジック）」</p>
<p>シノンがぼそり、とイェーガーの言葉を引き継ぐ。</p>
<p>「そうです」</p>
<p>「自警団が手を引いたのはそのせいか」</p>
<p>「まあ、八割がたそうでしょうね。彼らはあくまでバウンサーや傭兵の集団ですから、魔術や信仰による奇跡に長けている人材は少ない」</p>
<p>「解せないな」</p>
<p>「と、おっしゃると？」</p>
<p>「この街には俺以上に腕のたつ魔術師なんて、腐るほどいる。どうして俺なんだ？」</p>
<p>「ご謙遜を。『路地裏の万屋』」</p>
<p>イェーガーはシノンの二つ名を出して話を続ける。</p>
<p>「探知や鑑定の魔術への造詣が深く、仕事も丁寧だと聴く。私個人の意見ですが、魔術とは本来、人々の生活を豊かにし正しき方向へとその力を導くもの、と考えております。あなたの姿勢はまさにそれだ。多額の報酬でいかがわしい依頼を受ける他の魔術師たちよりも私はあなたのほうを評価します。それに&hellip;&hellip;」</p>
<p>「悪いが、断る」</p>
<p>まだ続きそうだったイェーガーの長口上をシノンはばっさりと切り捨て、足を止めた。</p>
<p>「おいおい」</p>
<p>よく喋る司祭を庇うつもりはなかったが、キールは思わず口を出した。</p>
<p>「さっき長の話を聞いてなかったのか？こいつらに協力するなんて、気乗りしないのはわかるけどさ」</p>
<p>キールの言葉にリープフラウがなにか言おうとしてイェーガーに抑えられた。<br />
よせばいいのに、キールは彼女を挑発するように嘲笑して見せる。<br />
そんな彼らのやりとりには目もくれず、シノンは絞り出すような声で言った。</p>
<p>「気乗りする、しないの問題じゃない」</p>
<p>「じゃあ、なんだよ？」</p>
<p>「それは&hellip;&hellip;」</p>
<p>言い淀むシノンにイェーガーが手を叩いて「ああ、そうでした」と言葉をかける。</p>
<p>「言い忘れてましたけど、魔術師ギルドの行使制限は本件の解決終了まで取り下げてもらっています」</p>
<p>「へえ、あんたたちにかかりゃ、なんでもありだな。黒羊もどうにかできんじゃねえか」</p>
<p>「あ、あなたはどうして&hellip;&hellip;っ」</p>
<p>キールの入れた茶々にリープフラウは我慢し切れず、とうとう食いついた。</p>
<p>「よしなさい、二人とも」</p>
<p>イェーガーはため息をついて二人をいさめる。<br />
これではまるで子供の引率だ、と彼は内心呆れた。</p>
<p>「でもまあ、良かったな。これで心おきなく動けるじゃないか」</p>
<p>「&hellip;&hellip;」</p>
<p>キールは脳天気にシノンの背中を叩いたが、彼は頷きもしない。<br />
その様子を見てイェーガーは、くすり、と笑った。</p>
<p>「それと、この件が終わるまで我々は全力であなたがたを保護します。あなたもいろいろと事情がおありのようですが、どうぞご心配なく」</p>
<p>イェーガーの言葉にシノンは息を飲んだ。<br />
胡散臭い司祭の飄々とした表情からはなにも伺い知ることはできない。<br />
しばらくシノンはイェーガーの顔を睨みつけていたが、ため息をついて肩をすくめ再び歩き出す。</p>
<p>「どういうこった？」</p>
<p>キールの質問に答えることもなく彼は黙々と歩き続けた。</p>
<p>神殿は質素ではあるがしっかりとした造りをしていて、重い両開きの入り口を開けるとすぐに礼拝堂へ通じる。<br />
天井は大げさなくらいに高く、天窓からの採光によって周囲には神秘的な雰囲気が漂っていた。<br />
いくつもの長椅子が並び、霞んで見えるほど奥にはマルベックで最も多くの人々が信仰している神の偶像と礼拝時に聖職者が立つ教壇がある。<br />
室内はかなりの広さだったが、よく手入れが行き届いており塵ひとつ落ちていないようだった。<br />
礼拝堂を横目に祭器室や謁見所を通り過ぎ、一行は暗く閉ざされた地下階へと進んだ。<br />
地下階の床は大地がむき出しになっており、壁や柱は木製で、長い廊下に沿っていくつかの部屋があるらしくドアが並んでいた。<br />
術的な仕掛けか建物の造りか、ひんやりとしており一定の間隔で置かれた灯からほんのりあたたかさを感じる態度だった。<br />
暑い日であれば快適に過ごせそうな場所だったが、訪れる者は決して長居したいと思わないだろう。<br />
冷たい空気にはカビや邪気を払う香の匂いに混じってどうにもごまかせない死臭が感じられたし、異様なほどの静寂（しじま）は生者の鼓動さえ飲み込んでしまいそうだった。</p>
<p>「お二人とも、これを」</p>
<p>目的の部屋の前でイェーガーはキールとシノンに、銀製のロザリオを渡した。</p>
<p>「信徒になれ、というわけではありません。着けておくことはあなたがたの身を守ることになるのです」</p>
<p>キールの口が歪んだのを見て、イェーガーはにこやかに先手を打ち彼の皮肉を封じた。<br />
つまらなそうにロザリオを首にかけるキールを見て、リープフラウは上官を誇らしげに眺めた。<br />
<br />
「この部屋にはなにかしら不自然な力によって死んだ者たちが眠っています。安置することによって解呪したり、様々な処置を行うわけですが、時折彷徨う魂が悪意を持って生者を襲うことがありますので」<br />
<br />
寒気を誘うような軋みをたててドアが開く。<br />
部屋は小さな酒場程度の広さで、なかには簡素な木の棺が並べられており腐敗を防ぐためか冷気が一段と強くなった。<br />
もちろん、死臭もだ。</p>
<p>「それでは、さっそく」</p>
<p>先導するイェーガーが振り向いて頷くと、リープフラウが前へ進み出て最近できたばかりとわかる新しい棺の蓋を開けた。</p>
<p>イェーガーの話通り、ヴードの顔は傷だらけだった。<br />
何かしらの処置を施したのか、表情だけは安らかに眠っているときのそれだったが、青白い皮膚や裂けた肉はこの男が既に死んでいることを如実に表していた。<br />
リープフラウは遺体を曝したことが死者への冒涜とならぬよう手で印を切る。</p>
<p>キールがひとしきり遺体を確認し終えると、入れ替わりにシノンが前へ進み出た。<br />
彼はなるべく遺体を見ないようにしながら、手早く準備を始めた。<br />
懐から古びた紙切れを取り出し、遺体の顔に被せる。<br />
紙切れはちょうど顔と同じくらいの大きさで、幾重にも重なり複雑な模様が描かれた円や、中心にリボンのような文字をあしらったヘキサグラムなどが書き込まれていた。<br />
遺体の周りに黒い石や儀式用のなにかを置いて準備を終えると、彼は右手に小さなナイフを持ち、左手を遺体の顔にかざす。<br />
魔術師が魔術を行使するとき、よほどの高等技術を持つ者でない限り、発動の媒体となるものが必要となる。<br />
大抵は杖だったり、ロッドだったりするが、シノンの場合はシンプルな装飾のナイフを媒体としていた。<br />
儀式や術式の途中で振りかざすこともあるので、刃物を使うのはあまりよろしくないのだが彼はナイフを使い続けていた。<br />
精神集中のため、ひとつ息をついてから瞳を閉じる。</p>
<p>ややあって、静かな室内に朗々たる声が響いた。</p>
<p>キールは彼が呪文を詠唱する姿を何度か見たことがあるのでそうでもなかったが、普段の彼、または彼の噂を知る者が見たら驚くだろう。<br />
イェーガーは感嘆し、リープフラウは目を見張っている。</p>
<p>それくらい、シノンは凛としていた。</p>
<p>偏屈、無口、緩慢と言われている男が、魔術を行使するときだけは躍動的だ。<br />
まるでこの一瞬のために日々の力を温存しているかのように。</p>
<p>「&hellip;&hellip;？」</p>
<p>シノンの詠唱と儀式が続く間に、遺体の周囲に置かれたものに変化が現れ始めた。<br />
キールが近付いて確認すると、黒い石は崩れて砂のようになり、顔に被せられた紙切れには禍々しい光を放ちながら奇妙な模様が浮かび上がっている。</p>
<p>そして完全に文字列が浮かび上がったとき、シノンは詠唱を止めた。</p>
<p>「やはり、そうでしたか」</p>
<p>イェーガーが遺体に被さった紙切れを手に取った。<br />
文字列は今や、もとからそこに記されていたかのように鮮明に表れている。</p>
<p>「なんて書いてあるんだ？」</p>
<p>覗き込んだキールが誰ともなく訊ねた。</p>
<p>「文字そのものに意味はありませんよ。一種のシンボルみたいなものです。この対象物、つまりは遺体に魔力の残滓があったということを示す、ね」</p>
<p>イェーガーがそれに応える。</p>
<p>「はっきりとわかります。やはり魔術的な力が原因、というわけですね。さすがは『路地裏の万屋』といったところ&hellip;&hellip;」</p>
<p>嬉々としてシノンの顔を見たイェーガーだったが、すぐに険しい表情を見せる。</p>
<p>「リープフラウ、すぐに寝所の準備を」</p>
<p>「え？」</p>
<p>「いいから、早く！」</p>
<p>突然の命に戸惑うリープフラウであったが、イェーガーのただならぬ声に弾かれ部屋から出て行く。<br />
事態が把握できずにシノンの顔を見たキールは固まった。</p>
<p>「お、おい！どうしたってんだよ&hellip;&hellip;」</p>
<p>シノンの顔には苦悶の表情が浮かび、したたり落ちるほどの汗をかいていた。息も荒く立っているのがやっと、といった様子だ。<br />
先ほどまであんなに強い光を宿していた瞳も、今はどんよりと曇っており、焦点が合っていない。</p>
<p>「おい、シノン！」</p>
<p>「&hellip;&hellip;まったく、これだから&hellip;&hellip;」</p>
<p>シノンは、ぼそり、と毒づいて糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/-1-6</link>
    <pubDate>Fri, 12 Nov 2010 07:16:20 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">imaginaryfrs.blog.shinobi.jp://entry/7</guid>
  </item>
    <item>
    <title>untitled</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
「おーい、すずちゃん」</p>
<p>店長に呼ばれて私はディスプレイ用の冷蔵庫から上半身を出した。<br />
掃除というのは、どうしてこう、やり始めるとあちこち気になりだしてしまうのだろう。</p>
<p>『ざっと埃を払うくらいでいいよ』</p>
<p>いえいえ、店長。<br />
よく見たら送風口にはキャラメルだの、ナッツ類だののカスがありますし、端のガラスにはクリームが干からびてくっついてます。<br />
きゃつらを掃討せずして、私の使命は終われない&hellip;&hellip;！！</p>
<p>そして気がついたら、この時間である。<br />
時計の短針は西を差している。</p>
<p>「遅くまでありがとうね」</p>
<p>「いえ、なんか夢中になっちゃって」</p>
<p>「はは、すずちゃんらしいというか&hellip;&hellip;あがる前にこれでも飲んで」</p>
<p>店長は困ったように笑ってテーブルの上にコーヒーを置いてくれた。</p>
<p>「ありがとうございます」</p>
<p>私はすっかり冷えてしまった手をあたためるように、湯気と良い香りのたつカップを両手で包んだ。</p>
<p>店長は今年四十五歳になるらしい。<br />
眼鏡紳士っていう言葉がこれほどしっくりくる人も、そうはいないだろう。<br />
いつも清潔なコックスーツに身を包み、お客さんと接するときは目を細めて笑う。<br />
だけど、ケーキの生地を焼くときだけはちょっと怖いくらいに真剣な目をする。</p>
<p>私がこのケーキ屋さんでアルバイトをするようになってからもう半年になる。<br />
成績にうるさい両親を説き伏せ、お小遣い稼ぎに始めたことだけれど、いつの間にかこのお店そのものに愛着が湧いてしまった。<br />
住宅街にある小さなケーキ屋さんはお母さんの行きつけで、雑誌にも何度か載ったことのある隠れ家的なお店だ。<br />
店内はテイクアウトの他に五席だけイートインスペースもあり、土日の昼間は結構いそがしい。<br />
欧州の田舎町にあるような感じ、という店長のコンセプトは見事に表現されている。<br />
どこか包まれるような優しさを感じる店内には、いくらでも長居できてしまう。<br />
なにより、ケーキが美味しい。<br />
どれくらい美味しいかというと&hellip;&hellip;<br />
体重計に乗るのが怖くなったくらい。<br />
とでも言っておこう。</p>
<p>そんなことだから、私はここで働いていると時間の経過を忘れてしまう。</p>
<p>「一生懸命やってくれるのは嬉しいけど、親御さんに心配させてしまうからね」</p>
<p>私は「いやぁ」とか言いながら頬を掻く。</p>
<p>「それに」</p>
<p>店長はそこで言葉を切ると、入り口ドアの横にある大きな窓ガラスを指差した。</p>
<p>「彼氏も心配してるみたいだよ」</p>
<p>通りを挟んだバス停のベンチで、うずくまるように座っている人影がひとつ。</p>
<p>孝介だった。</p>
<p>私は顔に血が昇るのを感じつつ、まだ熱いコーヒーを慌てて飲み干す。<br />
熱くて身体がぎゅっと縮まる感じ。<br />
店長はそんな私を見てからかうように笑う。</p>
<p>「そ、それじゃ、お疲れさまでしたっ」</p>
<p>私は身支度もそこそこに店を出た。</p>
<p>外に出ると身体を包む空気は一変して、ひんやりと冷たい。<br />
もっとも、今の私にとっては心地良いくらいだったけど。<br />
車がきていないことを確認して、通りを横断する。<br />
急いでいる自分が、ちょっと悔しい。<br />
孝介はバス停の灯りで分厚い参考書を読んでいた。</p>
<p>「よう、お疲れ」</p>
<p>足音に気付いて孝介は顔を上げた。</p>
<p>「ん」</p>
<p>私はわざとそっけなく応える。</p>
<p>「じゃ、帰るか」</p>
<p>孝介はそんな私の反応になんら不満を抱くこともなく、ぱたん、と音をたてて参考書を閉じた。<br />
私が推薦を取った大学と同じ大学名が、そこには記されていた。</p>
<p>孝介がこぐ自転車の後ろに立って風を切る。<br />
どれくらい前からあの場所にいたのか、彼の両肩は冷え切っていた。</p>
<p>「ねえ」</p>
<p>「んー？」</p>
<p>「いつも迎えにきてくんなくても、いいよ」</p>
<p>「んー」</p>
<p>「これからどんどん寒くなるし」</p>
<p>「んー」</p>
<p>「あんなところにずっといたら、風邪ひいちゃうじゃない」</p>
<p>「んー」</p>
<p>私は風に吹かれて髪の毛がぼさぼさになっている彼の頭をはたいた。</p>
<p>「ちょっと！話聞いてる？」</p>
<p>「いってえな、なにすんだよ」</p>
<p>急にブレーキをかけられたので、私はバランスを崩し、孝介を背中から抱きしめるような体勢になってしまった。</p>
<p>本当に冷たい。<br />
芯から冷えている、っていうのはこういうことを言うのだろうか。</p>
<p>「い、い、い、いきなり、停まんないでよっ！」</p>
<p>ふと気付いて、私は慌てて彼の背中から離れた。</p>
<p>「ちゃりこいでる人間の頭をはたく奴があるか！」</p>
<p>孝介は振り向いて文句を言った。<br />
街灯に照らされた頬が赤い。<br />
彼も恥ずかしかったんだと思うと、ちょっと意地悪な気持ちになる。</p>
<p>「すけべ」</p>
<p>「は？なにが」</p>
<p>「わざと急ブレーキかけたんでしょ」</p>
<p>「ちげーよ！なにバカなこと言ってんだよ！」</p>
<p>むきになって返してくるところが彼らしい。</p>
<p>「そうか、そうか。孝介はそうやってさりげなく女子の身体に触るんだぁ」</p>
<p>いじりすぎたのか、孝介は「付き合ってらんね」と言って自転車に跨ろうとした。<br />
私は思い切ってそんな彼の腕を絡めとる。</p>
<p>「ね、歩かない？」</p>
<p>腕もやっぱり冷たかった。</p>
<p>自転車を引っ張る孝介と並んで歩く。<br />
冬の夜空は透過度が高い。<br />
こうやって見上げると、私たちはこんなにもたくさんの星に囲まれているのだと気付かされる。</p>
<p>「ねえ、さっきの話」</p>
<p>「え？」</p>
<p>「迎えにこなくていいよって」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>「大事な時期じゃん？本番になって風邪ひいたら元も子もないよ」</p>
<p>「平気だよ」</p>
<p>予想通りの応えが返ってきたので、私は孝介の手を取った。</p>
<p>「平気じゃないよ。こんなに冷たいじゃん」</p>
<p>二人とも足を止める。<br />
午後九時過ぎの住宅街は静かだ。<br />
人が住んでいるのかわからなくなるくらいに、静かだ。<br />
まるで、今の時間だけは夜空に瞬く星たちへ舞台を譲っているかのように。</p>
<p>「私、孝介と同じ大学に行きたいよ」</p>
<p>普段ならこんなこと、言うガラじゃない。<br />
どうせあんたみたいな低脳には無理よ、なんて憎まれ口ばっかり叩いているけど。<br />
推薦が決まってアルバイトにいそしむ私を毎晩迎えにきてくれる、受験生の孝介。<br />
正直、嬉しい。<br />
嬉しいけれど&hellip;&hellip;。<br />
彼の体温を感じて、私は不安になったのだ。</p>
<p>「うにゃっ？」</p>
<p>突然ほっぺたを引っ張られ、私は素っ頓狂な声をあげた。</p>
<p>「おい、なんか悪いモンでも食った？」</p>
<p>孝介が訝しげに私の顔を覗き込む。</p>
<p>「あんたねぇ&hellip;&hellip;！」</p>
<p>本気で心配してんのに！<br />
私は思わずカッとなって孝介を睨みつける。<br />
でも次の瞬間。</p>
<p>「ありがとな、心配してくれて」</p>
<p>照れ臭そうに鼻の頭を掻いた彼を見て、私は何も言えなくなってしまう。</p>
<p>「大丈夫。絶対同じところに行く」</p>
<p>「孝介&hellip;&hellip;」</p>
<p>「そんでもって、迎えにいくのも止めない」</p>
<p>「でも&hellip;&hellip;」</p>
<p>「バカみたいだけど、離れてると何か起きそうで、怖いんだ」</p>
<p>胸の奥が、ちくり、と痛んだ。</p>
<p>「俺のことはいいんだ。お前が無事でいてくれれば」</p>
<p>どうしてか、そのとき。<br />
私の頭のなかには、お父さんが酔っ払うと必ず歌うフォークソングの歌詞が浮かんでいた。</p>
<p>そうか。<br />
『優しさが怖い』ってこういうことなのか。</p>
<p>私は直感した。<br />
きっと孝介は、こうやって自分を削りながら誰かを守る。</p>
<p>でも、削り切ってしまった後に、残るものは一体何なのだろう？</p>
<p>私だけが残るのだろうか？</p>
<p>それとも&hellip;&hellip;</p>
<p>彼の支え無しには生きていけなくなってしまう、私？</p>
<p>「おーい」</p>
<p>いつの間にか孝介は先に歩き始めていた。</p>
<p>愛しさと不安を胸に抱いて、私は足を踏み出した。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>short story</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/short%20story/untitled</link>
    <pubDate>Tue, 09 Nov 2010 03:31:46 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">imaginaryfrs.blog.shinobi.jp://entry/6</guid>
  </item>
    <item>
    <title>＃1-5</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>気が付くとキールはベッドに寝かされていた。<br />
自分の家ではない。<br />
それよりも高くて、造りのしっかりとした天井。<br />
彼は二、三度瞬きをして目の具合を確かめる。<br />
窓からは優しい日差しが降り注ぐ。<br />
違和感はない。<br />
どうやらただの目潰しだったようだ。</p>
<p>シノンと子供。</p>
<p>安堵した瞬間、二人の顔が脳裏をよぎる。<br />
彼は急いで起き上がった。<br />
頭が鉛のように重たかったが、動けないほどではなかった。<br />
キールはベッドから降りると忍び足で部屋を移動し、ドアを少し開けて外の様子を伺った。<br />
部屋は廊下に面しており、廊下は先が見えないほど長い。<br />
彼は廊下に延々と敷かれた質素な絨毯を見て、この建物が盗賊ギルドの屋敷であることに気付いた。<br />
店を持つまでは幾度となく訪れたことがあり、彼が足を踏み入れるのは集会室くらいだったが、そこにも同じ絨毯が敷かれていた。<br />
歓楽街の最奥にあり、表向きは娼館兼酒場として経営している。</p>
<p>自分がここにいる、ということはカイユの証言を鵜呑みにして、すぐにシノンらがどうこうされることはなさそうだ。<br />
キールはそう判断してドアを閉めた。<br />
鏡で自分の顔を確かめると右頬が腫れている以外に大した怪我はない。<br />
当然のことながら剣や隠し持っていたナイフは回収されてしまったようだが、服も今朝起きたときと同じものだった。<br />
彼はその場で何度か軽くステップを踏み、平衡感覚が戻っていることを確認すると部屋を出た。<br />
壁伝いに滑るように移動しながら物陰を探す。<br />
もしここがギルドの客間であれば、昼間は娼館の女たちがいるはずだ。<br />
見つかって悲鳴でもあげられた日には面倒なことになる。<br />
しかし、長い廊下を渡りきるまでに身を潜められそうな場所はなく、降り階段があるだけだった。<br />
やみくもに動くのは危険であったが、話のわかる人間に自分とシノンが濡れ衣を着せられていることを早急に知らせる必要がある。<br />
キールは素早く階段を降り切ると耳をすませて周囲の様子を探った。<br />
近くの部屋から話し声が聞こえる。<br />
さっきまで彼がいた部屋のちょうど真下近くに、他の部屋とは違う大きめな造りのドアがあり、そこから聞こえる声のようだった。</p>
<p>微かに開いたドアからそっとなかの様子を伺う。</p>
<p>室内では優雅にティーカップをくゆらせながら、シノンと盗賊ギルドの長ロングヴィルがなにやら話し合っていた。</p>
<p>「おお、起きたのか」</p>
<p>気配に気付いたのか、ロングヴィルが部屋の入り口に向かって手を上げる。</p>
<p>「&hellip;&hellip;なに、してる？」</p>
<p>「ああ、万屋がきてくれたからな。昨夜のことを聞いてたところだ」</p>
<p>「いえ、長。今のはあんたに聞いたんじゃない。おい、そこで紅茶啜ってるお前だよ」</p>
<p>キールは折角回復した平衡感覚が再び失われていく気がしてシノンを指差した。<br />
当の本人は何食わぬ顔をして紅茶をひとくち飲んだ。</p>
<p>「朝、子供を神殿に引き渡して家に戻ったら物騒な連中がうろついていたんでね。直接話のわかる人間の場所にきた」</p>
<p>「お前なぁ」と言いかけてキールは止めた。<br />
よしんばシノンがキールになにかしらの方法で伝えたとしても、彼の店がカイユによって壊されることは避けられなかっただろう。</p>
<p>「それで？俺への濡れ衣はなくなったのかい」</p>
<p>疲れ果てた、といった顔をしたキールの質問には応えず、代わりにロングヴィルが宥めるように言う。</p>
<p>「カイユのやり方にはもう飽き飽きしている。奴には相応の報いを与えるつもりだ。それとお前の店にも可能な限り便宜を図ろう」</p>
<p>「しかし」と言って彼は頭痛持ちのように指をこめかみへ当てた。</p>
<p>「うかつだったな、キール。もう少し用心深いと思ってた」</p>
<p>「&hellip;&hellip;？」</p>
<p>「今回の件、俺は疑っちゃいないが、他の連中はお前らが犯人だと信じきってる」</p>
<p>「な&hellip;&hellip;」</p>
<p>キールは絶句する。<br />
自分がこうして介抱され、シノンが招き入れられているのに解せなかった。</p>
<p>「目撃証言が誤解を招くようなことばかりだからな。まあ、とりあえず調査中ってことにしといたが、危ないぞ」</p>
<p>ロングヴィルは椅子から立ち上がり棚のなかから酒を取り出し、栓を開けて琥珀色の液体をティーカップに少し注いだ。<br />
部屋じゅうに干し葡萄のような芳醇な香りが広がる。<br />
きっとキールやシノンの稼ぎでは買おうなんて考えるにも及ばない上等な酒なのだろう。</p>
<p>「小娘つかまえてじゃれ合うくらいだったら、落ち着いて状況を把握するべきだったな」</p>
<p>痛いところをつかれてキールは押し黙った。</p>
<p>「俺たちがいるこの世界において、仲間意識なんて希薄だ。裏切り、蹴落とし、詐欺は当たり前だ」</p>
<p>ロングヴィルは椅子へ掛けなおし、カップに顔を近付け香りを楽しむと、シノンにも酒瓶を勧めたが彼は首を振った。</p>
<p>「だけどな、そういう奴らに限って仲間内で殺しがあると、仇討ちだなんだとお祭り騒ぎになる。みんな退屈してんのさ」</p>
<p>やれやれ、と彼はため息をついた。</p>
<p>「折も折、マルベックの、いやウィーネ諸国全体の流通レートがつり上がり、自治議会はどういうつもりかこの時期に『査察』を承諾しやがった」</p>
<p>「知ってたか？」と訊ねるロングヴィルにキールは頷いた。</p>
<p>「俺個人としちゃあ、すぐにでもお前たちから疑いを晴らしてやりたい。だけどな、これ以上薄っぺらい布袋にものを詰め込んだら破裂しちまう」</p>
<p>ロングヴィルが言わんとしていることはわかった。<br />
つまり、昨夜の事件は欲求不満の溜まった盗賊ギルドの連中、恐らくは他の組合関係者もいるかもしれないが、彼らにとって恰好のネタになってしまったのだ。<br />
同胞が殺されたことで共通の敵となりうる者へ鬱憤をぶちまけようとする輩、他人の不幸を食いものにする輩&hellip;&hellip;そういった人間たちが寄り集まる。<br />
そして今現在、最も安易に疑うことができるのは、現場で神官と小競り合いをした盗賊兼商人と普段の動向が知れない貧民窟に住まう奇人、この二人の青年だった。</p>
<p>「踏んだり蹴ったりだ」</p>
<p>「&hellip;&hellip;同情する」</p>
<p>壁に寄り掛かって天を仰いだキールを見て、ロングヴィルはやりきれない気持ちになった。</p>
<p>ロングヴィルがマルベックの盗賊ギルドの長になったのは、キールが自分の店を持つようになって少し経ってからだった。<br />
先代は豪放磊落な性質（たち）で面倒見が良かったため、カイユのような人間がのさばる原因にもなったのだが、周囲に惜しまれつつ病死した。<br />
跡を継いだロングヴィルは技量、交渉術ともにこの街で光と闇を往き来するには充分なものを持っていたが、細身の身体と繊細な顔つきが性格にも表れており、デスぺラードな連中をいまいち御しきれずにいた。<br />
力で抑えつける方法を彼は取れない。<br />
今回のキールたちのように犠牲にしなければならない者を見るのは心苦しいが、だからこそ今までギルドの長としての務めを果たしてこられたという自負もある。<br />
<br />
そして彼は犠牲にする者に対しても、必ずチャンスを与える。</p>
<p>「だが、いつまでもこのままじゃ済まない。そうだろ？」</p>
<p>気を取り直してロングヴィルは二人をティーカップで差した。</p>
<p>「&hellip;&hellip;ひょっとして、ヴードを殺した犯人を自分たちの手であげてこいって、そういう話か？」</p>
<p>ロングヴィルは壮年の男性らしい余裕を漂わせ、そのひと言を待っていたとばかりに微笑んだ。</p>
<p>「話が早くて助かる」</p>
<p>彼は懐から鍵を取り出し、キールに投げてよこした。</p>
<p>「歓楽街に『カッツェ』って名前の娼館がある。裏口の鍵だ。情報交換とか必要なものの受け渡しはそこでやる。俺が協力していることを表沙汰にできねぇからな。シノンには迷惑をかけるが&hellip;&hellip;」</p>
<p>と言いかけてロングヴィルが偏屈な魔術師を見遣る。</p>
<p>「俺は今の暮らしを維持できれば、それでいい」</p>
<p>シノンは彼の視線を受けて面白くなさそうに言った。</p>
<p>「というわけだ。健闘を祈る」</p>
<p>話は終わったとばかりに彼は席を立つ。</p>
<p>「ちょ、ちょっと待ってくれよ」</p>
<p>キールは慌てて彼が部屋から出られないよう、ドアの前で両手を広げた。</p>
<p>「どこで寝泊まりすりゃいい？あんたもさっき言ったろう、危ないぞって」</p>
<p>二人がこれから用心するのは、夜に紛れて動くことを常としている盗賊たちだ。<br />
血気盛んな若い連中が噂を鵜呑みにして、正義感とでも仁義とでも言おうか、そういった厄介な集団心理でキールたちを襲わないとは限らない。<br />
なにより、彼の家は今朝手酷く荒らされたばかりだ。<br />
キールとしては、下手な場所での寝泊まりは遠慮したかった。</p>
<p>「ああ、それなら心配ない」</p>
<p>ロングヴィルはキールの肩に、ぽん、と手を置くと。</p>
<p>「ちゃんと守ってもらえよ」</p>
<p>悪戯っぽく笑って部屋から出て行ってしまった。<br />
意味がわからない、といった顔をしたキールを見てシノンはなにやら笑いを堪えていた。<br />
肩をすくめたキールだったが、シノンとロングヴィルの笑みの理由を、彼はすぐに知ることとなる。</p>
<p>「&hellip;&hellip;」</p>
<p>身支度を整え屋敷から出るとキールは唖然とした。<br />
でもそれは相手にとっても同じだった。</p>
<p>「ど、どうして&hellip;&hellip;」</p>
<p>彼の姿を目にした女は喉から絞り出すように言った。</p>
<p>そこには昨夜キールがからかったリープフラウという神官騎士と、その上官であるらしいイェーガー司祭が立っていた。</p>
<p>「昨夜は失礼しました」</p>
<p>イェーガーは柔和な笑みを浮かべて二人に会釈した。</p>
<p>「話が見えないんだが&hellip;&hellip;」</p>
<p>「ロングヴィル氏から説明を受けていないのですか？」</p>
<p>「なにも聞いてないぞ」</p>
<p>キールはこの際、彼の背後でぼんやりと突っ立っている魔術師には確認しなかった。</p>
<p>「それでは説明いたします。私たちはあなたがたを保護するため、また事件の調査協力を要請するために馳せ参じました」</p>
<p>朗々たる声で美丈夫然とした聖職者は語った。</p>
<p>『守ってもらえ』ってそういう意味かよ。</p>
<p>キールは今すぐに踵を返し、ロングヴィルを殴りに行かなかったことを自画自賛したい気持ちでいっぱいだった。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/%EF%BC%831-5</link>
    <pubDate>Tue, 02 Nov 2010 07:15:22 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>＃1-4</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>翌朝、ドアをけたたましくノックする音でキールは目覚めた。<br />
昨夜寝る前に飲んだ蒸留酒のせいで、胃のなかには焼け石が入っているようだ。<br />
彼はシーツをベッドから蹴り落とし、悪態をついて起き上がった。<br />
<br />
その間にも絶え間なくノックの音、いや、なにかがぶつかり合う音がする。<br />
木と木がぶつかる音、陶器や硝子が割れる音。<br />
キールは咄嗟の判断でベッドの下にある細身の剣を帯び、摺り足で寝室を出た。</p>
<p>部屋を出た瞬間、彼は自分の目を疑った。<br />
寝室兼書斎である部屋を出れば、そこは彼が一代で築いた雑貨屋の店内だ。<br />
遥か東方より訪れた行商から買い付けた護符からランプの油にいたるまで、多種多様な品物がそれなりに整列されて並んでいる。<br />
<br />
はずだった。<br />
<br />
今はその店内には、粉砕した棚の木くずやら割れた薬瓶などが散乱している。<br />
呆然とする彼の足もとで新たな犠牲となった薬瓶が、がちゃり、と割れた。</p>
<p>現実を直視したくない、と思いつつキールはやっとのことで顔を上げた。<br />
そこでは大柄な男が思うままに店内を破壊していた。<br />
棚に載ったものはすべて床に叩き落とし、棚の上にものがなくなると今度はその棚を壊す。<br />
店はもはや営業できないほど壊されていたが、男はまだ飽き足らず商売に使えるものならすべて灰にしそうな勢いだった。<br />
キールはもはや止める気にもならず、ぼんやりと男が自分の店を破壊する様を眺めていた。</p>
<p>「遅いお目覚めだな」</p>
<p>破壊活動にいそしむ男を満足気に見ながら、小柄な男がキールに声をかけた。<br />
盗賊ギルドの集金人、カイユだった。<br />
若い頃に忍び込んだ屋敷で手痛い反撃にあって右手を失い、地べたを這いつくばって許しを乞うたことから、陰で『地べた舐め』と呼ばれている。<br />
盗賊としての仕事ができない代わりに、集金人としてはどんな手段を使ってでも金を回収することから、マルベック界隈の盗賊たちの評判はすこぶる悪い。</p>
<p>「いけないな。商売人は早起きしないと」</p>
<p>カイユが持っていた杖で、こん、と床を叩くと大男は破壊活動を止めキールのそばに立った。</p>
<p>「なんの冗談かな」</p>
<p>キールは勤めて冷静に訊ねた。<br />
本音を言えば、この場で二人とも殺してしまいたい気分だったが、ギルドを敵に回す可能性もありうる。</p>
<p>「これが冗談に見えるか？」</p>
<p>カイユは肩をすくめて、破壊し尽くされた店内を示すように両腕を広げた。</p>
<p>「&hellip;&hellip;」</p>
<p>「お前、ギルドになんか言うことあるんじゃないか？」</p>
<p>「金なら払ったはずだけどな」</p>
<p>カイユの回りくどい言い方にキールの声が僅かに固くなる。</p>
<p>「そういう問題じゃないんだなぁ」</p>
<p>カイユは彼の内心に気付いてか、ねぶるように顔を近付けながら言った。</p>
<p>「自分の胸に聞いてみなよ。昨日、どこで、なにしてたかぁあぁぁ」</p>
<p>ぺっ。</p>
<p>カイユの顔に唾がかかった。</p>
<p>「ケツの穴みてぇな口、近付けんじゃねぇよ」</p>
<p>キールは持っていた剣の柄を相手のみぞおちに力いっぱい突き立てた。<br />
胃袋から空気を漏らしながらカイユは床にうずくまった。</p>
<p>「俺が昨日、どこで、なにをしていようが、あんたの知ったことじゃない」</p>
<p>次の瞬間、気配を感じてキールはしゃがみ込んだ。<br />
頭上すれすれを大男の太い腕が掠める。<br />
キールは鞘から刀身を抜き放つと、しゃがんだ姿勢のまま大男の腹部に剣の切っ先を突き付けた。<br />
大男は動きを止める。</p>
<p>「あんた、いや、ギルドにはきっちり金を払ってるはずだ。つり上げは次の集金からって聞いてる。俺の店を滅茶苦茶にした理由はなんだ？」</p>
<p>キールの問いかけにカイユは苦痛の呻き声とも、笑い声ともつかない奇妙な声をあげる。</p>
<p>「お、お、おれ、俺に&hellip;&hellip;手ぇあげたな。へへへへ」</p>
<p>「&hellip;&hellip;なに？」</p>
<p>「ヴード殺しはてめえ、だ」</p>
<p>カイユの言葉を受けて動きを止めていた大男の手が腰袋に触れた。<br />
しまった、とキールが思ったときには遅かった。<br />
目に焼けるような痛みを感じて視界を閉ざすと同時に、胃を抉られるような感覚が襲う。<br />
キールはたまらず剣を落とし、うつ伏せに倒れた。<br />
目潰しだ。<br />
キールは苦しみのなかで、自身の目を焼いたものが毒でないことを祈る。</p>
<p>「昨日の夜、マクロゥ通りで殺しがあったのは知ってるよな？」</p>
<p>カイユは身を起こすとよろけながら倒れたキールに近付き、彼の頭に足を乗せた。</p>
<p>「あの偏屈な魔術師とてめえが夜道でこそこそしてたのを見た奴がいるんだよ」</p>
<p>屈辱的な感触を味わいながらキールは自身の間抜けさを呪った。<br />
ヴードは盗賊ギルドの集金人でキールには面識があった。<br />
暗くて顔が見えなかったとはいっても、神官騎士とひと悶着起こしたこと、直前まで誰も訪れないシノンの家にいたことを考えれば、目撃した連中が彼を怪しむのも無理はない。<br />
なにより時期が悪い。<br />
皮肉にも昨夜キール自身が結論付けたように、自分が首の回らなくなった連中のひとり、と見られても仕方なかった。</p>
<p>加えて、今同じ集金人であるカイユに手を出すことは痛恨のミスと言えた。<br />
彼の挑発はキールを犯人に仕立て上げるためのものだったのだ。<br />
大方、犯人を見つけたものには多額の報酬でも出るのだろう。<br />
カイユの性質からいって、真実はどうでもいいに決まっている。</p>
<p>「もう『万屋』のところにも仲間が行ってる。てめえが俺に手をあげたとなりゃ、事情を説明してもらう手間もねぇよなぁ」</p>
<p>粘着質な口調でカイユは言い終えるとキールの顔を蹴り上げた。</p>
<p>おいおい、ガキ連れじゃあ逃げらんねぇよ。</p>
<p>シノンと無邪気な子供の顔が浮かんで沈む。<br />
キールの意識は暗転した。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/%EF%BC%831-4</link>
    <pubDate>Fri, 29 Oct 2010 08:08:09 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>＃1-3</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>二人は『貧民窟』から大通りへ出て、我先にと道を行く野次馬の流れに加わった。<br />
人々はさっきまでキールが入り浸っていたレフの酒場や、軽食を出す店が軒を連ねる『マクロゥ通り』に向かっていた。<br />
野次馬に混じって帯剣した男たちや純白の衣に身を包んだ者たちが走っている。<br />
マルベックの自警団と話題に出た神殿関係者たちだった。</p>
<p>現場には既に何人かの自警団員と神殿関係者がいて、神官騎士らしい武装をした若い女が大声を張り上げながら人払いをしていた。</p>
<p>「ごめんよ」</p>
<p>キールは人ごみに辟易しているシノンを残して、やや強引に人垣へ身を滑り込ませた。</p>
<p>石造りのタイルが敷き詰められた通りに、男がひとり倒れていた。<br />
マクロゥ通りの入り口近く。<br />
大きな仕立て屋の軒先で、通りを挟んだ売り場と針子部屋をつなぐ廊下が二階部分にあり、小さなトンネルのようになっている場所だった。<br />
夜の闇と建物の陰が重なり、自警団の持つ松明でもはっきりとはわからなかったが、男の頭部には黒い水たまりができている。<br />
今夜、雨は降っていない。</p>
<p>「さがりなさい」</p>
<p>より詳しく周囲の状況を見ようとして上半身を乗り出したキールの動きを、ぴしゃりと封じる声があがった。<br />
人払いに精を出していた若い女だった。<br />
女は帯剣しており、今にも柄を握りそうな勢いでキールを睨んでいる。<br />
彼女の威圧的な態度にキールは言いようもない怒りを覚えた。<br />
<br />
これでは、神の権威を笠に着て刃を伴った脅迫を正当化しているようだ。<br />
普段の彼であれば、軽く相手の機嫌でもとりながら友好的に接するところだったが、シノンとの話や『査察』のことで、自制できないくらい好戦的になっていた。</p>
<p>「そう、いきり立つなって」</p>
<p>キールはたっぷりと余裕を持って、ため息すらつきながらそう言った。<br />
職業柄、話術には自信があった。<br />
商人として客をその気にさせることもできれば、盗賊として相手の平静を欠くこともできる。</p>
<p>「&hellip;&hellip;なんですって？」</p>
<p>乗ってきた。</p>
<p>彼は心のなかでほくそ笑んだ。<br />
それまでキールを押し戻そうとしていた群衆が、巻き込まれることを恐れて彼の周囲に空隙を作る。</p>
<p>「勤勉なる者にはより多くの救いが与えられる、あんたの行動原理はそんなところか」</p>
<p>「&hellip;&hellip;なにが言いたいのですか？」</p>
<p>こんな風に抵抗されたことはなかったのだろう。<br />
女の表情には動揺が見え隠れしていたが、それでも毅然とした態度でキールに対峙する。</p>
<p>「でも、神はすべてに平等だ。神学校で習わなかったか？」</p>
<p>「&hellip;&hellip;っ」</p>
<p>金具がかちかちと鳴る音が聞こえた。<br />
挑発された女が怒りに震えているのだろう。<br />
女は右足を踏み出し、剣の柄に手を触れた。</p>
<p>「なんだい？その手は」</p>
<p>「さがりなさい」</p>
<p>「怖くて足がすくんじまう。さがれないぜ？」</p>
<p>「さがれっ！」</p>
<p>金属の滑る嫌な音が聞こえる、と群衆が緊張を走らせた瞬間。</p>
<p>「なにをしているのです？リープフラウ」</p>
<p>白い法衣服に身を包んだ優男が女の背後に立った。<br />
リープフラウと呼ばれた神官騎士は、ねじの切れた仕掛けのように硬直している。</p>
<p>「イェーガー司祭&hellip;&hellip;」</p>
<p>イェーガーという司祭は剣も鎧も身に着けていない。<br />
しかしその佇まいからキールは、自分の安い挑発に乗った小娘より厄介であることに気付いた。<br />
<br />
彼は無意識に、いつでもその場から立ち去れるよう、または別の対処法を取れるよう足の筋肉を収縮させた。<br />
男から視線を外さずに気配を探るが、シノンの助けは得られそうにはない。</p>
<p>「部下に失礼があったのならば謝ります。しかし、今は迷える子を父の御許へいざなうため、ここはお控えいただけませんか」</p>
<p>張り詰めた空気を解いたのはイェーガーのほうだった。<br />
彼はリープフラウを自分の背後の押しやると、キールに向かって小さく頭を下げた。</p>
<p>「悪酔いしていたみたいだ。すまない」</p>
<p>キールも緊張を解いて頭を掻いた。<br />
イェーガーは再度うやうやしく頭を下げると、リープフラウを伴ってその場から離れた。<br />
去り際にリープフラウからの視線を感じたキールは振り向きざま彼女にウィンクして見せた。<br />
松明の明かりに照らされた彼女の頬が紅潮している。</p>
<p>「もうやめとけ」</p>
<p>人ごみが疎らになったお陰で前方へやってきたシノンがキールをたしなめた。</p>
<p>倒れていた男はキールが見た限り、頭部からの流血しかわからなかったが、イェーガーの言葉から、既に死んでいるものと推測された。<br />
マルベックではこういった事件が珍しいことではない。<br />
金にまつわる諍い、ごろつきどもの喧嘩、痴情のもつれ、と枚挙に暇がない。<br />
大方、国民に不利な財政のせいで首が回らなくなった者が金目当てに殺したのだろう。<br />
そう結論付けたキールにシノンは肩をすくめて見せるだけだった。</p>
<p>家に帰ってもうまく眠れそうになかったキールはシノンを酒場へ誘ったが、彼は朝早くに子供を預けてしまいたい、という理由で帰ってしまった。<br />
残されたキールはしばらく夜の街をうろついていたが、なんとなく興ざめしてしまい家路についた。<br />
明日からまた店の経営について頭を悩ませなければならない。<br />
家に置いてあった強い蒸留酒で眠気を呼び寄せ、彼はベッドに潜り込んだ。</p>
<p>キールはこのときの自分の懊悩が生やさしいものであったことを、翌日知ることになる。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/%EF%BC%831-3</link>
    <pubDate>Thu, 28 Oct 2010 01:34:22 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">imaginaryfrs.blog.shinobi.jp://entry/3</guid>
  </item>
    <item>
    <title>＃1-2</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
キールの目指す家屋はいわゆる『貧民窟』と呼ばれる一画にあった。<br />
さびれた建物が建ち並ぶなかにあって、周囲から際立って不気味な空気を放っている。<br />
そう感じるのは家主の人柄をよく知る彼だけかもしれない。<br />
ドアをノックすると、湿気をたっぷりと吸い込んだ木製のドアは歯切れの悪い音をたてた。</p>
<p>「&hellip;&hellip;はぁ」</p>
<p>予想通り、返事はない。<br />
しかし、彼はあきらめずにドアをノックし続けた。<br />
<br />
そのうちノックの音に反応して、隣家の壁から子供が顔を覗かせた。<br />
顔は垢で黒ずみ、薄茶色の髪はぼさぼさに乱れていた。<br />
彼、あるいは彼女はなにかを期待するような目でキールを見上げていた。<br />
そのくせ、怯えているようで壁の陰から動こうとはしない。</p>
<p>「早く出ろよ」</p>
<p>キールはここで会う貧しい身なりをした子供たちがどうにも苦手だった。<br />
自分の意思をはっきりと示す気もないくせに、ただ救いを求めているような感じが、幼い頃の自分を見ているみたいで身体がむず痒くなる。<br />
自然とノックする腕にも力がこもる。<br />
子供は大きくなったノックの音に身体をびくつかせながらも、その場から動こうとはしなかった。</p>
<p>こりゃ、本当に留守か。</p>
<p>あきらめかけたとき、子供が壁からおどおどと姿を現し、キールの傍へやってきた。<br />
キールは視界の端に入った子供に気付かないようにしていたが、なにか言いたげにしているのを感じて仕方なく視線を動かした。<br />
<br />
六歳前後の子供はローブと呼ぶには戸惑うような布を身体に巻き付けており、靴は履いていなかった。<br />
大きな瞳は木の実を連想させ、その姿とはうらはらに生気が溢れている。<br />
それなりの恰好をさせたら、小憎らしい中産階級の子供たちよりは愛嬌があるかもしれない。<br />
そんなことを考えていると。</p>
<p>「いえ、ひと&hellip;&hellip;いない」</p>
<p>子供は別の大陸からやってきた巡礼者のように、おぼつかない言葉で話した。<br />
キールはしばらく黙って子供を見下ろしてからしゃがみ込んで、視線の高さを合わせた。</p>
<p>「留守ってことか？」</p>
<p>子供はキールの唇の動きをまねて、「る、す」と言葉を発してみたが意味がわからないようだった。</p>
<p>「えーと&hellip;&hellip;」</p>
<p>キールは頭を掻き毟りながら、どう説明するべきかを考えた。<br />
子供はきょとん、と彼を見つめるばかりで家主のことを聞き出すのは難しそうだった。</p>
<p>「りんご、りんご」</p>
<p>子供はキールへなにかを伝えたいらしく、果物の名前を連呼し始めた。</p>
<p>「&hellip;&hellip;悪いけど、食い物は持ってねぇよ」</p>
<p>子供が物乞いを始めたと思った途端、キールは一瞬哀しそうな顔を見せたが、それまでの親密な空気を振り払って立ち上がった。<br />
<br />
気まぐれな優しさがどれだけ残酷なことか、彼は知っていた。<br />
<br />
手を振って自分から離れるよう促す。<br />
しかし子供は相変わらず「りんご」と連呼するばかりだった。<br />
その様子はどこか、伝えたいことを伝えられない状況にじれているようであったが、キールにはそんな風に感じられなかった。</p>
<p>「&hellip;&hellip;あのなぁ」</p>
<p>ため息交じりにキールが子供を追い払おうとしたそのとき。</p>
<p>「なにしてる」</p>
<p>背後から声をかけられた。<br />
振り向くと深緑のローブを身にまとい、りんごが山盛りに入った籠を盛った男がそこにいた。</p>
<p>「りんご、きた。りんご、きた」</p>
<p>「すぐ戻るから外に出るなと言っただろう」</p>
<p>キールにまとわり付いていた子供は男を見ると嬉しそうに駆け寄っていく。</p>
<p>「俺はりんごじゃない。まったく、何度教えたらわかるんだ」</p>
<p>ぶつぶつと文句を言いながらも男はローブの裾をひっつかむ子供にかまわず、キールの前を通り過ぎた。</p>
<p>「お、おい」</p>
<p>軋んだ音をたててドアが開き、男が子供と一緒に家のなかへ入ろうとしたので、キールは慌てて二人の後に続いた。</p>
<p>家のなかは雑然としており、大の男が二人も入れば窮屈なことこの上なかった。<br />
<br />
床には儀式用の象徴やキールには読めない言語で書かれた紙が散乱しており、棚や壁には大量の本が溢れ返ったように積み重ねられていた。<br />
そのなかに机や椅子などの家具が埋もれるように見え隠れしている。<br />
<br />
男はりんごの入った籠を机の上におくと、本の海から粗末な造りの椅子を引っ張り出してキールにすすめ、子供にはりんごをひとつ放ってやった。<br />
子供はりんごを受け取ると宝物でも抱えるようにして小躍りし、普段男が使っているらしい椅子にちょこん、と腰掛けてそれを齧った。</p>
<p>「で、どうした？」</p>
<p>男はその光景を唖然と見つめるキールに向かって話しかけた。</p>
<p>「え？」</p>
<p>「仕事の話じゃないのか」</p>
<p>「え、あ、ああ、そうそう」</p>
<p>偏屈で通っている男が子供に懐かれている、という事実に驚くあまりキールは本来の目的を忘れていた。<br />
<br />
男の名はシノン。<br />
<br />
マルベックでは『路地裏の万屋』と綽名されている魔術師であり、キールが一方的に相棒と称している仕事仲間であった。<br />
マルベックや国としての機能が整っている場所では、魔術師はすべからく各国の魔術師ギルドに登録して『探知』と『追跡』の呪符を付与される。<br />
魔法が悪用されないよう規制をかけるための手段であり、他の国家でも似たような施策が行われている。<br />
<br />
そのため個人で活動する魔術師は非常時以外、使用できる能力が限られており、危険な魔術の代理行使や限定解除を自費でギルドに依頼することになる。<br />
<br />
しかし、特定の魔法が使用できない、という理由でシノンは規制から免除されていた。<br />
<br />
協調性がないためギルドや国家からはじかれ、生きるための狡猾さがないため上流階級の教育係として活躍できそうにない彼が『路地裏の万屋』という、あまりありがたくない二つ名を得るまでになったのは、規制免除されているからこそできる破格の報酬によるものであった。<br />
<br />
気軽に厄介事を持ち込めるという噂がたち、彼の所には盗賊、ごろつき、その他大手を振って表通りを歩けないような連中が集まっては、眉唾ものの遺物や薬の目利きから失せ物に至るまで、多種多様な依頼をしにきた。<br />
そして彼はそれらを淡々とこなし続けた。<br />
結果シノンの名は盗賊ギルドの長にまで知られ、街の日陰からは歓迎されたが、魔術師ギルドからは『品性を貶めている』などと言われ厄介者になっていた。</p>
<p>「仕事というかだな&hellip;&hellip;相談に乗って欲しいのだが」</p>
<p>キールは言いにくそうにシノンの顔を見た。</p>
<p>「黒羊の食いぶちか」</p>
<p>「どうしてそれを&hellip;&hellip;」</p>
<p>「俺もとばっちりだ」</p>
<p>驚くキールの鼻先にシノンは一枚の紙を突き出した。<br />
そこにはマルベック魔術師ギルドの刻印が押され、細々とした文字が並んでいた。</p>
<p>「なんだよ、こりゃ」</p>
<p>「上から三行目までを読んでみろ」</p>
<p>「なになに&hellip;&hellip;」</p>
<p>『右の者は魔術師として、魔術の行使、呪詛の詠唱、その他魔術に関わる儀式および象徴の使用を行う場合、別途記した状況を除いて、これらを協会の許可なく行使することを禁ずるものとする』</p>
<p>「って&hellip;&hellip;これ」</p>
<p>「読んだ通りだ。今までと同じ値段じゃ仕事はできん」</p>
<p>絶句するキールに向かってシノンは冷たく言い放った。</p>
<p>「なんてこった&hellip;&hellip;」</p>
<p>キールは頭を抱えた。<br />
部屋のなかには子供がりんごを咀嚼する音だけが虚しく響いている。</p>
<p>「これは俺たち貧乏人を貶めるための陰謀だ」</p>
<p>うわごとのように呻くキールの言葉には応えず、シノンは椅子に座っている子供を抱くと自分は椅子に座り、膝の上に子供を乗せた。<br />
子供はきゃっきゃっと嬉しそうに彼の膝の上で身を捩った。</p>
<p>「国は『神の名を語る』バカどもと共謀して、俺たちを破滅させる気だ」</p>
<p>「&hellip;&hellip;黒羊以外に神殿もなにか関わっているのか？」</p>
<p>「レフからのご厚意だよ。『査察』があるんだと」</p>
<p>「財政的に厳しい今、どうしてだ」</p>
<p>これまでもクワス帝国の管理費つり上げは幾度となく行われてきた。<br />
その度にヴィラージュ街道と関係する国々は、財政対策として商業に関連する動きを活発化させ、倫理を重んじる宗教団体の活動を弾圧と捉えられない程度に拒否、あるいは腐敗が進んだところになればたきつけるようなことさえしてきた。<br />
キールが普段以上にマルベックに存在する神殿に対して苛立ったのは、間の悪さにも起因していた。</p>
<p>「子供が失踪してる事件と関係あるかもしれないってさ」</p>
<p>シノンは理由を聞くと鼻で笑った。</p>
<p>「&hellip;&hellip;その子はどうしたんだよ？」</p>
<p>キールはシノンの反応を見て、先ほどから気になっていた疑問を投げかけた。</p>
<p>「『査察』の理由が子供ならお笑い草だ。今朝から家の前に居付いてしまってな。失踪している子供かと思って神殿まで届けたんだが、いそがしくて引き取れないのから明日まで預かれだと」</p>
<p>「おいおい」</p>
<p>キールは呆れて肩をすくめた。</p>
<p>「それにしても、意外だな。お前が神殿に行くなんて」</p>
<p>「子供に&hellip;&hellip;罪はないからな」</p>
<p>「そうだな」</p>
<p>子供はりんごを食べ終えると口元をべたべたにしながら、シノンの膝から降りて部屋のなかを動き回った。</p>
<p>「俺さ、思うんだけどさ」</p>
<p>キールはなにか名案でも思いついたように語り始めた。</p>
<p>「神殿が『査察』に出るための金をさ、子供が産まれた家とかに分けてやりゃいいんじゃねぇか？そうすりゃ、この子みたいに本末転倒ってことにはならないだろ」</p>
<p>「どうだろうな」</p>
<p>キールは拍子抜けしたらしく、間の抜けた顔でシノンの言葉を待った。</p>
<p>「そんなことをすればこの国の連中は犬猫のように子を孕んでは金をもらって捨てるだろうな」</p>
<p>「あ&hellip;&hellip;」</p>
<p>「そして路頭に迷った子供を保護し、倫理を守るため神殿へ金が集まる。確かに神殿には子供が預けられるだろうが、そもそもの解決にはならん」</p>
<p>シノンの言葉は正論過ぎた。<br />
それは彼よりも長くこの国で生きているキールであれば、痛いほどにわかる。</p>
<p>金さえあれば、という問題ではない。<br />
金である程度のことを解決できてしまうこの国、この世界だからこそ、人々は生命と金を天秤にかけてしまう。</p>
<p>子供ははしゃいで眠くなったのか、目を擦ってシノンのローブを引っ張った。<br />
シノンは懐から出した布で顔を拭いてやり、「そこで寝るんだ」と本に囲まれたベッドを指差して子供の背中を優しく押した。</p>
<p>子供はシノンのベッドに潜り込むと、程なくして安らかな寝息をたて始めた。<br />
起死回生の策を見出すはずが、かえって逃げ場を失くしてしまい、キールはうんざりしていた。<br />
シノンは早速、ギルドから渡された紙きれに筆を走らせている。<br />
そろそろ帰ろう、とキールが立ち上がったとき。</p>
<p>夜の静寂を引き裂くような悲鳴が聞こえた。</p>
<p>「おい」</p>
<p>「ああ」</p>
<p>キールに促され、シノンは筆を置いた。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/%EF%BC%831-2</link>
    <pubDate>Tue, 26 Oct 2010 09:01:02 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>プロローグ～＃1-1</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
男は窓に溢れる光をずっと見つめていた。<br />
目の奥が痛み出し、瞼が自然と下がってくる。それでも彼は瞳を光に晒し続けた。<br />
ともすれば心地よい午睡に身を任せてしまいそうになる。<br />
<br />
深紅のソファに無造作に身を投げ出し、上質な生地のガウンからは白く細長い手足が伸びている。<br />
片手に銀製の酒杯を持っていたが、それを持つことも億劫といった感じで今にも手から落ちそうだった。<br />
中身は既に干されており、底に残った滓だけが床に小さな水たまりを作っている。</p>
<p>「民意、というやつですよ」</p>
<p>装飾が凝らされた暖炉の傍で誰かが言った。</p>
<p>「いや、世界の総意といってもいい」</p>
<p>誰だ、お前は。</p>
<p>「誰、とは？」</p>
<p>お前は、誰だ？</p>
<p>暖炉の傍に立った男は喉の奥から忍び笑いを漏らした。</p>
<p>「これはこれは&hellip;&hellip;不思議なことをおっしゃられる。それとも明るいうちから聞こし召されたせいかな？」</p>
<p>私は酔っていない。お前は誰だ？</p>
<p>「おや、意地悪なことを&hellip;&hellip;わたくしめをお忘れですか？」</p>
<p>知らない。</p>
<p>「こんなにも近くに、こんなにも途切れることなく、あなたにお仕えしてきたわたくしめをお忘れですか？」</p>
<p>知らない。</p>
<p>「なんと嘆かわしい！」</p>
<p>男は芝居がかった仕草で手を額に当てると、部屋を横切って彼のソファへ近付き片膝を乗せた。</p>
<p>「ネズミですよ。王様」</p>
<p>吐息が感じられるほどに顔を近付け男は言った。<br />
男の細い銀色の髪が額を撫でる。<br />
彼はそれを払うこともなく、視線だけを男の瞳に移した。</p>
<p>濃紺の、宵闇の、玉石。</p>
<p>「わたくしめは卑しいネズミです。おわかりになりませんか」</p>
<p>知らない。お前など、見たこともない。</p>
<p>男はその言葉を受けるとソファから離れ、正面にあった姿見の鏡を持ち出した。</p>
<p>「ずっと見ていたではないですか」</p>
<p>鏡には痩身の男が映っている。<br />
長く真っ直ぐな黒髪は傷み、顔は蝋のように白い。<br />
切れ長の目には濁りきった瞳が虚ろに泳ぎ、長時間の飲酒で唇の皮がところどころめくれていた。</p>
<p>おわかりになりましたか？わたくしはあなたで、あなたはわたくしです。</p>
<p>やがて重厚な造りの扉が開き、禍々しい黒さに身を包んだ影が滑るように入ってきた。<br />
視線を動かす気力もないまま、彼は訪れるであろう永遠の闇に身を任せた。</p>
<p>全ての音は消え、全ての光は失せ、全ての時は止まった。</p>
<p style="text-align: center">&dagger;　&dagger;</p>
<p><br />
アルキール大陸には東西を横断する道がある。<br />
<br />
『大陸の血流』『砂霧の道』『大行路』などいくつもの呼び名があるが、公的な文書には『ヴィラージュ街道』と記されることが多い。<br />
大陸東端にあるリキュア港から延々と続くこの道は行商や巡礼者が往来する、世界でも一、二を争う大規模な街道だ。<br />
大陸が発見される前から先住民たちによって切り拓かれていた道は遊牧のためだけではなく、様々な人種の移動や商業の発達を経て、国や街、寺院が隣接する街道としての役割を得た。<br />
今日のアルキール大陸に存在する国々の繁栄や連携はこの街道から発展したと言っても過言ではない。<br />
しかし、年老いた人々は時折この街道に畏怖と忌避を込めてこう呼ぶ。<br />
<br />
『血の染み込んだ道』と。<br />
<br />
大陸に存在する国家が和平を前提とした条約を結んでからいくつもの季節が過ぎた。<br />
人の子や獣は老いて新たな世代へ意思を託し、風は数えきれないほどの砂と種を運ぶ。<br />
厳しくも優しく、原初の意思を保つ輪廻は人々が集まって国といった概念を創り上げる前から繰り返されてきた。<br />
そのなかにあって異質なものがある。思想だ。<br />
それはまるで悪い疫病のように、人の、世界の歴史に音もなく近付いては蹂躙していく。<br />
<br />
かつてヴィラージュ街道沿いに、エルポート王国という国家が存在した。<br />
世襲制の王政国家で、人口は千人程度の小国。<br />
他の大陸から移住してきたカルベネ人が中心となって造り上げた国で、大陸東部のほとんどを占めるクワス帝国と数十の小国が集うウィーネ諸国の境目に位置していた。<br />
国の場所柄、商業、信仰、人種の仲介として重要な役割を果たしていたエルポート王国は王政でありつつも主要諸国の代表者が常駐して国家間の、特に経済的な取り決めを指揮する集合体が設置されていたため、他国よりも優れた警備体制がしかれ、エルポートの王族に連なる者は仲介者として厳しい教育が施されていた。<br />
しかし、中立した国家として万全を期したこの場所で暗殺事件が起こった。<br />
<br />
第一王位継承者であるヴォーヌ・エル・ラターシュが自室で喉を掻き切られていたのだ。<br />
<br />
この事件を発端にして、各国は疑心暗鬼に陥った。<br />
鉄壁と言われた城塞内で起きた事件であったため他国の内通者がいるのではないかといった意見や、権力を自国のために濫用せんとする自作自演ではないかといった意見が飛び交った。<br />
疑いは欺瞞を、諍いは過去の軋轢を呼ぶ。<br />
事態を収拾せんとしてアルキール大陸内部はもとより、輸出入で関係の深かった国々までもが海を越えて加わり凄惨な争いが始まった。<br />
繁栄の象徴であったはずのヴィラージュ街道で、人々は破滅への歩を進ませたのだ。<br />
<br />
戦いは大きく二つの勢力に分かれた。<br />
ひとつは大国クワスを含めた革新派で、エルポート王国における仲介の専任に反対して新たな体制を求めるもの。<br />
もうひとつはエルポート王国と友好関係にあった国々やクワス帝国の強大さから独裁を危惧する国々が集まった保守派である。<br />
ところが、長い戦いのなかで戦乱の理由は変化していった。互いの疑心を払い、思想の正当性や正義を証明する戦いは人種間や信仰心の違いから現れる排他的心理へと形を変えていく。<br />
積み上げた自滅の道具や方法と同族の遺骸のなかで、降りることの許されない負の連鎖のなかで人々の心は疲弊していった。<br />
やがて、戦況は決定的な局面を迎えた。<br />
<br />
エルポート王国で当時采配を振るっていたある王族が自害した。<br />
<br />
王国は戦争が始まってからも仲介者としての立場を崩すことなく、穏健派であったウィーネ諸国の一部勢力以外に対して四面楚歌の状態であった。革新派と保守派の紙一重の攻防のなかで、王族最後の生き残りが自害したことにより、穏健派とエルポート王国に疑いをかけつつも旧体制の維持を目指していた保守派の国々は浮足立った。<br />
かくしてこの戦いは革新派であった国々が大陸の主導権を分散するというかたちで終わりを告げた。</p>
<p>誰かが悪者にならなければ収まらないところまできてしまった。</p>
<p>自害の状況については詳しくわかっていないが、後の歴史学者や旧エルポート王国から亡命した官吏の一部は人目を憚ってそう囁き合った。<br />
エルポート王国は滅し、自害した王族も名を語られぬまま歴史の闇へと消え去った。残っていた王族がどうなったのか、聞くに耐えない扱いを受けて死んだとも、今もまだ遠い土地で息を潜めて生きているとも言われているが、どれも噂の域を出ない情報だった。</p>
<p>そして現在。</p>
<p><br />
種は蒔かなければ、種のまま。</p>
<p>とある聖人の格言を思い浮かべながら、キールは瓶の底に残ったエールの滓をひといきにあおった。<br />
空になった瓶を振ってバーテンのレフに合図をする。<br />
彼はグラス磨きを中断すると、カウンターのなかを滑るような足取りで動き新しい瓶を持ってきた。</p>
<p>「いい飲みっぷりだね。儲かったのかい？」</p>
<p>あからさまな皮肉にキールは顔をしかめ、銅貨を投げるように彼へ渡した。<br />
油の切れかけているランプで照らされた店内は薄暗く、客たちの話し声は折り重なって潮騒のように漂っている。</p>
<p>「お陰さまでね。あんたんとこほどじゃないけど」</p>
<p>けたたましい笑い声が聞こえたのでそちらを振り向くと、割と小奇麗な格好をした男が女娼らしき女の腰に手を回していた。女は艶っぽい笑みを浮かべて男の手を軽く抓った。</p>
<p>「そんな顔してりゃ、くるはずのもんもきやしないよ」</p>
<p>レフは肩をすくめてキールの前から立ち去った。<br />
キールは面白くなさそうに鼻を鳴らすと自身の頬に手を当てた。<br />
確かに、このところ自分は陰気な表情ばかりしている。<br />
<br />
ヴィラージュ街道の流通経路がまだ『旧体制』であった頃からの大店（おおだな）で、妾の子として産まれたキールは幼い頃に父の愛人であった母を亡くし、底意地の悪い本妻とその子供らから逃げるようにして家を出た挙句、盗賊に身をやつした。<br />
<br />
いつかは自分の店を持ってやる。<br />
<br />
悪事に手を染めながらも無意識では父や継母を見返してやりたい気持ちがあったのだろう。<br />
盗賊が商人になるという冗談みたいな夢は、掃き溜めを流れ続けて辿り着いた街で現実のものとなった。<br />
<br />
ここはウィーネ諸国に属する自治国マルベック。<br />
ヴィラージュ街道を往来する人々の宿場町として興った小国家である。<br />
マルベックで必要なのは育ちや家柄じゃない。<br />
金だ。<br />
しかるべき場所へしかるべき金を払えば商売ができるし、政治にだって参加できる。裏返せば、金なしにはこの街で生きていくことは難しい。<br />
商業ギルドと表向きは女衒（ぜげん）の管理協会である盗賊ギルド。<br />
キールは商人兼盗賊としてこの街で生きるために売上の何割かを双方へ納めている。<br />
つまり彼が生きるも死ぬもギルド次第なのだ。<br />
そのギルドが管理費をつり上げ始めた。<br />
彼だけではなく、マルベック全体として、いや、ウィーネ諸国全体にその動きが現れたのだ。</p>
<p>大陸一のでかい黒羊を食わせている。</p>
<p>人々はクワス帝国を揶揄して言い合った。黒羊とは放蕩息子を意味し、実際のクワス帝国は大きな領土と強固な軍事力を持ちながら、痩せた土地と北部での悪天候が続き自給率が逼迫していた。<br />
大昔にあった戦争からクワス帝国は実質的に大陸の支配者となり、なにか起きれば和平や商業対策と銘打って他国から金を巻き上げていく。<br />
だがそれは仕方のないことでキール個人としては国がどうこう、政治体制がどうこうよりも一国一城の主として店を守らなければならない。<br />
気ままな独身者であるキールにとって、盗賊としての勤めを行うことも決してやぶさかではない。<br />
しかし、勤めができなくなったときに帰る場所は必要だ。<br />
盗賊ギルドで幹部になる道もあるが、それなりの金が必要であり、金を得るには大きな危険も伴う。<br />
どうにかして店の経営をやりくりしようと考えてはいるものの、途中でどうにも頭が働かなくなり古ぼけた安酒場に連日入り浸っているという有様だった。</p>
<p>「こっちの景気まで悪くなりそうだよ」</p>
<p>大きなため息をつくとレフが呆れ顔で乾燥させた果物や木の実を盛った小皿をキールの前に置いた。</p>
<p>「なんだよ」</p>
<p>「食い物だよ」</p>
<p>「見りゃわかるよ。頼んでないし、頼むほど金に余裕はないぞ」</p>
<p>「やるよ。酒ばっか飲んでりゃ頭も鈍る。それやるから背中にしょった貧乏神を連れて、自分の仕事をするんだね」</p>
<p>レフはそう言ってグラス磨きに戻った。きっと自分の行動が恥ずかしくなったのだろう。</p>
<p>「&hellip;&hellip;ありがとよ」</p>
<p>レフはキールと同じ方法で酒場を開いた。<br />
彼がまだ駆け出しの頃からなにかと気にかけてくれ、ともに仕事をしたこともある仲だった。</p>
<p>「言っておくけれど、あたしんところも納める金はつり上げられてる。それに&hellip;&hellip;ここだけの話だけど、近いうちに『査察』がくるって話だから、冬に向けて貯えとかないとね」</p>
<p>キールは口に入れた果物の甘味が苦味に変わっていくような気がした。</p>
<p>「ふざけやがって。また『神の名において』ってやつか」</p>
<p>「声がでかいよ」</p>
<p>レフはキールの感情的な声に眉をひそめた。<br />
査察というのはレフのように酒を売ったり、歓楽街での仕事を生業にしている者たちが使う隠語で、神官たちが夜警として街を練り歩くことだった。<br />
アルキール大陸では多種多様な神々が信仰されているが、そのなかでもある程度の規模と力を持つものは装飾を凝らした神殿や寺院を築き、そこに属する神官や僧兵を組織しており、国や街の医療機関、福祉施設、自衛手段といった側面を担っていた。<br />
良くも悪くも金に重きを置くマルベックでは、彼らの存在は煙たがれる一方であり、偽善の象徴とさえ言われていた。<br />
神を信仰する者のみが扱う奇跡として治癒や解呪といった現象があるらしいが、実際に目にしたことのないキールにしてみれば、それは薬師に任せるものであった。<br />
それに&hellip;&hellip;</p>
<p>「神にすがってどうにかなることなんて、ありゃしないんだよ」</p>
<p>キールは吐き捨てるように言った。</p>
<p>「どうにも、あんたはこの手の話になると落ち着かないね」</p>
<p>レフの言葉には応えず、キールは指先で器用に木の実の殻を剥いて口に運んだ。</p>
<p>「&hellip;&hellip;それにしても頻繁すぎないか？」</p>
<p>「さあね。近頃子供の失踪が増えているから、そのせいなんじゃないかな」</p>
<p>客に呼ばれると「他言無用だよ」とレフは言い置いてその場から離れた。<br />
レフにもらったつまみを食べて酒を干してしまうと、キールはいそがしくなった彼に目だけで礼を言い、店を出た。<br />
レフの言うとおり、酒ばかり飲み耽っていても進展はない。キールは意を決したように息をつくと人気のない路へと歩いて行った。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>fantasy</category>
    <link>http://imaginaryfrs.blog.shinobi.jp/fantasy/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0%EF%BD%9E%EF%BC%831-1</link>
    <pubDate>Mon, 25 Oct 2010 08:13:13 GMT</pubDate>
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    </channel>
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