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創作小説、エッセイ置き場です。ジャンルはごった煮です。誹謗中傷はおいやめろ。やめてください。お願いします。
Posted by - 2026.06.13,Sat
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Posted by imaginary-fruits - 2010.10.26,Tue


キールの目指す家屋はいわゆる『貧民窟』と呼ばれる一画にあった。
さびれた建物が建ち並ぶなかにあって、周囲から際立って不気味な空気を放っている。
そう感じるのは家主の人柄をよく知る彼だけかもしれない。
ドアをノックすると、湿気をたっぷりと吸い込んだ木製のドアは歯切れの悪い音をたてた。

「……はぁ」

予想通り、返事はない。
しかし、彼はあきらめずにドアをノックし続けた。

そのうちノックの音に反応して、隣家の壁から子供が顔を覗かせた。
顔は垢で黒ずみ、薄茶色の髪はぼさぼさに乱れていた。
彼、あるいは彼女はなにかを期待するような目でキールを見上げていた。
そのくせ、怯えているようで壁の陰から動こうとはしない。

「早く出ろよ」

キールはここで会う貧しい身なりをした子供たちがどうにも苦手だった。
自分の意思をはっきりと示す気もないくせに、ただ救いを求めているような感じが、幼い頃の自分を見ているみたいで身体がむず痒くなる。
自然とノックする腕にも力がこもる。
子供は大きくなったノックの音に身体をびくつかせながらも、その場から動こうとはしなかった。

こりゃ、本当に留守か。

あきらめかけたとき、子供が壁からおどおどと姿を現し、キールの傍へやってきた。
キールは視界の端に入った子供に気付かないようにしていたが、なにか言いたげにしているのを感じて仕方なく視線を動かした。

六歳前後の子供はローブと呼ぶには戸惑うような布を身体に巻き付けており、靴は履いていなかった。
大きな瞳は木の実を連想させ、その姿とはうらはらに生気が溢れている。
それなりの恰好をさせたら、小憎らしい中産階級の子供たちよりは愛嬌があるかもしれない。
そんなことを考えていると。

「いえ、ひと……いない」

子供は別の大陸からやってきた巡礼者のように、おぼつかない言葉で話した。
キールはしばらく黙って子供を見下ろしてからしゃがみ込んで、視線の高さを合わせた。

「留守ってことか?」

子供はキールの唇の動きをまねて、「る、す」と言葉を発してみたが意味がわからないようだった。

「えーと……」

キールは頭を掻き毟りながら、どう説明するべきかを考えた。
子供はきょとん、と彼を見つめるばかりで家主のことを聞き出すのは難しそうだった。

「りんご、りんご」

子供はキールへなにかを伝えたいらしく、果物の名前を連呼し始めた。

「……悪いけど、食い物は持ってねぇよ」

子供が物乞いを始めたと思った途端、キールは一瞬哀しそうな顔を見せたが、それまでの親密な空気を振り払って立ち上がった。

気まぐれな優しさがどれだけ残酷なことか、彼は知っていた。

手を振って自分から離れるよう促す。
しかし子供は相変わらず「りんご」と連呼するばかりだった。
その様子はどこか、伝えたいことを伝えられない状況にじれているようであったが、キールにはそんな風に感じられなかった。

「……あのなぁ」

ため息交じりにキールが子供を追い払おうとしたそのとき。

「なにしてる」

背後から声をかけられた。
振り向くと深緑のローブを身にまとい、りんごが山盛りに入った籠を盛った男がそこにいた。

「りんご、きた。りんご、きた」

「すぐ戻るから外に出るなと言っただろう」

キールにまとわり付いていた子供は男を見ると嬉しそうに駆け寄っていく。

「俺はりんごじゃない。まったく、何度教えたらわかるんだ」

ぶつぶつと文句を言いながらも男はローブの裾をひっつかむ子供にかまわず、キールの前を通り過ぎた。

「お、おい」

軋んだ音をたててドアが開き、男が子供と一緒に家のなかへ入ろうとしたので、キールは慌てて二人の後に続いた。

家のなかは雑然としており、大の男が二人も入れば窮屈なことこの上なかった。

床には儀式用の象徴やキールには読めない言語で書かれた紙が散乱しており、棚や壁には大量の本が溢れ返ったように積み重ねられていた。
そのなかに机や椅子などの家具が埋もれるように見え隠れしている。

男はりんごの入った籠を机の上におくと、本の海から粗末な造りの椅子を引っ張り出してキールにすすめ、子供にはりんごをひとつ放ってやった。
子供はりんごを受け取ると宝物でも抱えるようにして小躍りし、普段男が使っているらしい椅子にちょこん、と腰掛けてそれを齧った。

「で、どうした?」

男はその光景を唖然と見つめるキールに向かって話しかけた。

「え?」

「仕事の話じゃないのか」

「え、あ、ああ、そうそう」

偏屈で通っている男が子供に懐かれている、という事実に驚くあまりキールは本来の目的を忘れていた。

男の名はシノン。

マルベックでは『路地裏の万屋』と綽名されている魔術師であり、キールが一方的に相棒と称している仕事仲間であった。
マルベックや国としての機能が整っている場所では、魔術師はすべからく各国の魔術師ギルドに登録して『探知』と『追跡』の呪符を付与される。
魔法が悪用されないよう規制をかけるための手段であり、他の国家でも似たような施策が行われている。

そのため個人で活動する魔術師は非常時以外、使用できる能力が限られており、危険な魔術の代理行使や限定解除を自費でギルドに依頼することになる。

しかし、特定の魔法が使用できない、という理由でシノンは規制から免除されていた。

協調性がないためギルドや国家からはじかれ、生きるための狡猾さがないため上流階級の教育係として活躍できそうにない彼が『路地裏の万屋』という、あまりありがたくない二つ名を得るまでになったのは、規制免除されているからこそできる破格の報酬によるものであった。

気軽に厄介事を持ち込めるという噂がたち、彼の所には盗賊、ごろつき、その他大手を振って表通りを歩けないような連中が集まっては、眉唾ものの遺物や薬の目利きから失せ物に至るまで、多種多様な依頼をしにきた。
そして彼はそれらを淡々とこなし続けた。
結果シノンの名は盗賊ギルドの長にまで知られ、街の日陰からは歓迎されたが、魔術師ギルドからは『品性を貶めている』などと言われ厄介者になっていた。

「仕事というかだな……相談に乗って欲しいのだが」

キールは言いにくそうにシノンの顔を見た。

「黒羊の食いぶちか」

「どうしてそれを……」

「俺もとばっちりだ」

驚くキールの鼻先にシノンは一枚の紙を突き出した。
そこにはマルベック魔術師ギルドの刻印が押され、細々とした文字が並んでいた。

「なんだよ、こりゃ」

「上から三行目までを読んでみろ」

「なになに……」

『右の者は魔術師として、魔術の行使、呪詛の詠唱、その他魔術に関わる儀式および象徴の使用を行う場合、別途記した状況を除いて、これらを協会の許可なく行使することを禁ずるものとする』

「って……これ」

「読んだ通りだ。今までと同じ値段じゃ仕事はできん」

絶句するキールに向かってシノンは冷たく言い放った。

「なんてこった……」

キールは頭を抱えた。
部屋のなかには子供がりんごを咀嚼する音だけが虚しく響いている。

「これは俺たち貧乏人を貶めるための陰謀だ」

うわごとのように呻くキールの言葉には応えず、シノンは椅子に座っている子供を抱くと自分は椅子に座り、膝の上に子供を乗せた。
子供はきゃっきゃっと嬉しそうに彼の膝の上で身を捩った。

「国は『神の名を語る』バカどもと共謀して、俺たちを破滅させる気だ」

「……黒羊以外に神殿もなにか関わっているのか?」

「レフからのご厚意だよ。『査察』があるんだと」

「財政的に厳しい今、どうしてだ」

これまでもクワス帝国の管理費つり上げは幾度となく行われてきた。
その度にヴィラージュ街道と関係する国々は、財政対策として商業に関連する動きを活発化させ、倫理を重んじる宗教団体の活動を弾圧と捉えられない程度に拒否、あるいは腐敗が進んだところになればたきつけるようなことさえしてきた。
キールが普段以上にマルベックに存在する神殿に対して苛立ったのは、間の悪さにも起因していた。

「子供が失踪してる事件と関係あるかもしれないってさ」

シノンは理由を聞くと鼻で笑った。

「……その子はどうしたんだよ?」

キールはシノンの反応を見て、先ほどから気になっていた疑問を投げかけた。

「『査察』の理由が子供ならお笑い草だ。今朝から家の前に居付いてしまってな。失踪している子供かと思って神殿まで届けたんだが、いそがしくて引き取れないのから明日まで預かれだと」

「おいおい」

キールは呆れて肩をすくめた。

「それにしても、意外だな。お前が神殿に行くなんて」

「子供に……罪はないからな」

「そうだな」

子供はりんごを食べ終えると口元をべたべたにしながら、シノンの膝から降りて部屋のなかを動き回った。

「俺さ、思うんだけどさ」

キールはなにか名案でも思いついたように語り始めた。

「神殿が『査察』に出るための金をさ、子供が産まれた家とかに分けてやりゃいいんじゃねぇか?そうすりゃ、この子みたいに本末転倒ってことにはならないだろ」

「どうだろうな」

キールは拍子抜けしたらしく、間の抜けた顔でシノンの言葉を待った。

「そんなことをすればこの国の連中は犬猫のように子を孕んでは金をもらって捨てるだろうな」

「あ……」

「そして路頭に迷った子供を保護し、倫理を守るため神殿へ金が集まる。確かに神殿には子供が預けられるだろうが、そもそもの解決にはならん」

シノンの言葉は正論過ぎた。
それは彼よりも長くこの国で生きているキールであれば、痛いほどにわかる。

金さえあれば、という問題ではない。
金である程度のことを解決できてしまうこの国、この世界だからこそ、人々は生命と金を天秤にかけてしまう。

子供ははしゃいで眠くなったのか、目を擦ってシノンのローブを引っ張った。
シノンは懐から出した布で顔を拭いてやり、「そこで寝るんだ」と本に囲まれたベッドを指差して子供の背中を優しく押した。

子供はシノンのベッドに潜り込むと、程なくして安らかな寝息をたて始めた。
起死回生の策を見出すはずが、かえって逃げ場を失くしてしまい、キールはうんざりしていた。
シノンは早速、ギルドから渡された紙きれに筆を走らせている。
そろそろ帰ろう、とキールが立ち上がったとき。

夜の静寂を引き裂くような悲鳴が聞こえた。

「おい」

「ああ」

キールに促され、シノンは筆を置いた。
 

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