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創作小説、エッセイ置き場です。ジャンルはごった煮です。誹謗中傷はおいやめろ。やめてください。お願いします。
Posted by - 2026.06.14,Sun
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Posted by imaginary-fruits - 2010.10.28,Thu

二人は『貧民窟』から大通りへ出て、我先にと道を行く野次馬の流れに加わった。
人々はさっきまでキールが入り浸っていたレフの酒場や、軽食を出す店が軒を連ねる『マクロゥ通り』に向かっていた。
野次馬に混じって帯剣した男たちや純白の衣に身を包んだ者たちが走っている。
マルベックの自警団と話題に出た神殿関係者たちだった。

現場には既に何人かの自警団員と神殿関係者がいて、神官騎士らしい武装をした若い女が大声を張り上げながら人払いをしていた。

「ごめんよ」

キールは人ごみに辟易しているシノンを残して、やや強引に人垣へ身を滑り込ませた。

石造りのタイルが敷き詰められた通りに、男がひとり倒れていた。
マクロゥ通りの入り口近く。
大きな仕立て屋の軒先で、通りを挟んだ売り場と針子部屋をつなぐ廊下が二階部分にあり、小さなトンネルのようになっている場所だった。
夜の闇と建物の陰が重なり、自警団の持つ松明でもはっきりとはわからなかったが、男の頭部には黒い水たまりができている。
今夜、雨は降っていない。

「さがりなさい」

より詳しく周囲の状況を見ようとして上半身を乗り出したキールの動きを、ぴしゃりと封じる声があがった。
人払いに精を出していた若い女だった。
女は帯剣しており、今にも柄を握りそうな勢いでキールを睨んでいる。
彼女の威圧的な態度にキールは言いようもない怒りを覚えた。

これでは、神の権威を笠に着て刃を伴った脅迫を正当化しているようだ。
普段の彼であれば、軽く相手の機嫌でもとりながら友好的に接するところだったが、シノンとの話や『査察』のことで、自制できないくらい好戦的になっていた。

「そう、いきり立つなって」

キールはたっぷりと余裕を持って、ため息すらつきながらそう言った。
職業柄、話術には自信があった。
商人として客をその気にさせることもできれば、盗賊として相手の平静を欠くこともできる。

「……なんですって?」

乗ってきた。

彼は心のなかでほくそ笑んだ。
それまでキールを押し戻そうとしていた群衆が、巻き込まれることを恐れて彼の周囲に空隙を作る。

「勤勉なる者にはより多くの救いが与えられる、あんたの行動原理はそんなところか」

「……なにが言いたいのですか?」

こんな風に抵抗されたことはなかったのだろう。
女の表情には動揺が見え隠れしていたが、それでも毅然とした態度でキールに対峙する。

「でも、神はすべてに平等だ。神学校で習わなかったか?」

「……っ」

金具がかちかちと鳴る音が聞こえた。
挑発された女が怒りに震えているのだろう。
女は右足を踏み出し、剣の柄に手を触れた。

「なんだい?その手は」

「さがりなさい」

「怖くて足がすくんじまう。さがれないぜ?」

「さがれっ!」

金属の滑る嫌な音が聞こえる、と群衆が緊張を走らせた瞬間。

「なにをしているのです?リープフラウ」

白い法衣服に身を包んだ優男が女の背後に立った。
リープフラウと呼ばれた神官騎士は、ねじの切れた仕掛けのように硬直している。

「イェーガー司祭……」

イェーガーという司祭は剣も鎧も身に着けていない。
しかしその佇まいからキールは、自分の安い挑発に乗った小娘より厄介であることに気付いた。

彼は無意識に、いつでもその場から立ち去れるよう、または別の対処法を取れるよう足の筋肉を収縮させた。
男から視線を外さずに気配を探るが、シノンの助けは得られそうにはない。

「部下に失礼があったのならば謝ります。しかし、今は迷える子を父の御許へいざなうため、ここはお控えいただけませんか」

張り詰めた空気を解いたのはイェーガーのほうだった。
彼はリープフラウを自分の背後の押しやると、キールに向かって小さく頭を下げた。

「悪酔いしていたみたいだ。すまない」

キールも緊張を解いて頭を掻いた。
イェーガーは再度うやうやしく頭を下げると、リープフラウを伴ってその場から離れた。
去り際にリープフラウからの視線を感じたキールは振り向きざま彼女にウィンクして見せた。
松明の明かりに照らされた彼女の頬が紅潮している。

「もうやめとけ」

人ごみが疎らになったお陰で前方へやってきたシノンがキールをたしなめた。

倒れていた男はキールが見た限り、頭部からの流血しかわからなかったが、イェーガーの言葉から、既に死んでいるものと推測された。
マルベックではこういった事件が珍しいことではない。
金にまつわる諍い、ごろつきどもの喧嘩、痴情のもつれ、と枚挙に暇がない。
大方、国民に不利な財政のせいで首が回らなくなった者が金目当てに殺したのだろう。
そう結論付けたキールにシノンは肩をすくめて見せるだけだった。

家に帰ってもうまく眠れそうになかったキールはシノンを酒場へ誘ったが、彼は朝早くに子供を預けてしまいたい、という理由で帰ってしまった。
残されたキールはしばらく夜の街をうろついていたが、なんとなく興ざめしてしまい家路についた。
明日からまた店の経営について頭を悩ませなければならない。
家に置いてあった強い蒸留酒で眠気を呼び寄せ、彼はベッドに潜り込んだ。

キールはこのときの自分の懊悩が生やさしいものであったことを、翌日知ることになる。
 

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