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創作小説、エッセイ置き場です。ジャンルはごった煮です。誹謗中傷はおいやめろ。やめてください。お願いします。
Posted by - 2026.06.13,Sat
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Posted by imaginary-fruits - 2010.11.22,Mon


キールはもはや見るかげもなくなった店先で片づけを始めた。
シノンはすぐに神殿内の客人用個室で介抱されたが、まだ眠っている。
どうして魔術行使のあと卒倒したのか。
魔術に限らず、祈りや精霊との交信といった行動には凄まじい集中力を必要とする。
体調が悪い者や疲弊している人間が使えば倒れることも不思議ではない。
しかし、シノンの身体を診た限り、そういった要因は見つからなかった。
手当をした神官たちは首を傾げるばかりだったが、イェーガーだけはなにかを知っている様子だった。
気に入らなかったが、キールは敢えてイェーガーには追求しなかった。
もし、本当に伝えたいことがあるのなら、本人の口から聞くべきだと思う。
誰だって直視できない過去のひとつや二つある。
この街で最も付き合いの長いレフのことすら、キールはあまり知らない。
そしてキール自身も、自分がもとは商家の産まれであったことは誰にも言っていない。
お互いさまなのだ。

事件のせいで神殿に寝泊まりしなければならないとはいえ、ある程度の自由は認められていた。
そんなわけでキールはシノンの意識が戻るまで、今朝カイユたちにいいように破壊された店をせめて片づけようとやってきたのだった。

背後で足音がした。
キールは咄嗟に懐の投げナイフに手を伸ばす。
しかし、そこにいたのは純白の鎧に身を包んだ若い女騎士だった。

「勝手に動かないでいただきたいのですが」

息を切らしながらリープフラウは憮然として言った。
必ず二人ひと組で行動するように、とのイェーガーからのお達しだったが、キールはシノンの容体を聞くとすぐに神殿から出てきてしまったのだ。

「ああ、あんたか」とキールは彼女に一瞥くれると、再びがれきの山の整理にあたった。
その態度を見てリープフラウは険しい目をする。

リープフラウがマルベックの神殿にやってきたのはほんの最近のことだ。
彼女の故郷、アルキール大陸の北西部に位置する国家ヌーヴは、優れた統治体制のもと治安の良さと国力の豊かさではウィーネ諸国で一、二を争う。
そんな国の中流階級の家庭に産まれ、道徳や倫理といったものを教え込まれて育った彼女にとって、マルベックは背徳の街といっても差し支えなかった。
誰しもが理想や気高い思想に俯いて、目を合わせようともしない。
全身全霊を込めて人間の本来あるべき姿を説いても、その場では卑屈に笑い、裏でコインの勘定に精を出す。
そういった人々の吹き溜まりだった。
そして、昨夜初めて『生きた反応』をした者といえば、この男だったのである。

「キール、と言いましたね?この際です。はっきりさせておきましょう」

彼女はがれきの山にしゃがみ込む背中に近付いた。

「昨夜お会いしたときからそうですが、あなたはどうして神を蔑むようなことばかり口にするのです?人には救いが必要です。救いの対象を貶めることは間違っています。そうは思いませんか?」

キールは応えず割れた瓶を拾い上げ、首を振ってそれを投げ捨てた。

「あなたの信じるものはなんなのですか?」

リープフラウは重ねて問う。
どうせ応える気などないのだろう、と次の言葉をつぐために彼女は口を開きかけた。

「信じるもの、ね……」

予想に反してキールは手を止め立ち上がった。
振り返りじっとリープフラウを見つめる。
昨夜の出会いから今日の半分をともに過ごし、無礼で下賤だと毛嫌いしているはずの男の視線を彼女は真っ直ぐに受け止めた。
傾きかけた日が逆光になり彼がどんな表情(かお)をしているかはわからない。
わからないけれど、なぜか目を逸らしてはいけない気がした。

「……なあ、あんた、自分の上官のこと、どれくらい知ってる?」

返ってきた言葉は予想だにしないものだった。

「そ、それと、今の話とどう関係があるのですか?話をはぐらかさないでいただきたい」

「そんなつもりはない。ただ……少し思うところがあってね」

キールは少しの間、リープフラウの言葉を待っていたけれど、やがて肩をすくめて作業に戻ってしまった。
誠実に応えるべきだったろうか、とリープフラウが後悔したとき。

「俺はべつに、神様をバカにしてるわけじゃない。神様の名前を使って偉そうにしてる奴らが嫌いなだけだ」

背中を向けたままキールはぶっきらぼうにそう言った。

「そんな人間は……」

リープフラウが反論し切る前にキールは言葉を被せた。

「いるはずない、か?残念ながらいるんだよ、必ずな。そしてそいつらを許容してる神様は、あんたが信じてる神様と一緒なんだよ」

なにかしら、リープフラウのなかで引っ掛かるものがあった。
彼の言葉は、まるで……

「……キール、あなた……」

「……勘弁してくれ」

リープフラウの憐れむような視線に気付き、キールは失笑した。

             †

こそばゆい視線を感じ、シノンは意識を取り戻した。

「りんご……」

目を開けると昨日の子供の泣きそうな顔が至近距離にあった。

「ああっ、こら。こんなところに入って……」

たくさんの洗濯物を抱えた使用人らしい女が慌てて部屋に入ってくる。

「戻りましょ、ね?」

女が微笑んであやしても、子供はシノンのシーツを握ってその場から動こうとしない。

「お休みなさってるお客様に迷惑だし……」

彼女は塞がった両手と子供を見比べて困り果てた顔をした。

「いい」

シノンは掠れた声で女に言った。

「でも……」

「かまわない」

「助かります。それでは申し訳ございませんが、少しの間だけお邪魔させていただきますね。これを置いたらすぐに戻ってきますから」

女はにこやかに笑って部屋を出て行った。
子供は湯浴みをしたらしく飾り気のない清潔なローブを着せられ、ぼさぼさだった髪の毛は花のかたちを模した髪結いでひとつに束ねられていた。

「なんだお前、女の子、だったんだな」

シノンはそう呟いて子供に弱々しい笑みを向けた。

「りんご、りんご」

女の子は笑みを向けられて安心したのか、ベッドに上体を預けてぴょんぴょんと跳ねた。
こんな幼子がひとりきりで貧民窟にいた経緯は知るよしもないが、両親が見当たらず心細かったのだろう。
見知った顔を見つけて彼女は喜んでいるようだった。
いや、ひょっとしたらこの娘は産まれたときから親の顔を認識できる状況じゃなかったのかもしれない。
シノンは親がそばにいないのに、泣くこともない女の子の身の上を想像した。

「お前はどこで、どんな人たちから産まれたんだ?」

通じないとはわかっていたが、シノンは訊ねる。
子供は首を傾げて彼に顔を近付けた。

「……どうすれば、いいんだろうな」

シノンは子供の頬にそっと手を当てた。

             †


「原因はマンドラゴラってやつだ」

夜になり夕食の席でシノンは全員に説明を始めた。
彼の意識が戻ったという知らせはイェーガーによって、レフの酒場へ寄ろうとしていたキールとそれを止めようとしていたリープフラウに伝えられ、彼らは今、この事件に関わりのある四人だけで食事をとっている。

「なんだそりゃ?」

キールはもう五杯目になる食前酒に口をつけて訊ねた。
斜め前からリープフラウの視線が突き刺さるが、気にしないことにしておく。

「処刑台や戦場跡、そういったところに染み付いた諸々の思念を吸って自生する植物、というかなんというか」

「人の思念を養分にする植物、というよりは、魔法生物のようなものですか?」

「……そういうことだ」

シノンはイェーガーの言葉に頷いた。

「見た目は茄子に似ているが果実は橙色で甘い芳香を放つ。食えないこともないが不味くて好んで食う奴はいない。果実よりも根を使う場合が多いな。強力な毒性を持つが使い方によっては優れた薬にもなる」

「うえ、そんなところに生えるものを食うのかよ」

キールが舌を出して顔をしかめた。

「形を見たら余計に、口にしようとは思えない代物だな」

シノンはキールの言葉を聞いて懐から本を取り出し、あるページを開いて一同に見せた。

「こ、これは」

リープフラウが絶句する。
そこには頭に植物の枝葉を生やし、両手を後ろ手に縛られ身体を捩じらせたような格好をした人の絵があった。
絵そのものは写実的ではないが、マンドラゴラという植物の不気味さは充分に伝わる。

「マンドラゴラのおぞましいところは生える条件や、毒性だけじゃない。なんといってもこの根の部分だ。こいつは土から引っこ抜くと悲鳴を上げる。それもただの悲鳴じゃない。聞いた者が悶死するような悲鳴だ」

「なるほど、それであの遺体は……」

イェーガーが得心する。

「そう、あんたたちが見たっていう苦悶の表情、それに異常な力で掻き毟られた耳。死因については断定してもいいだろう」

シノンは遺体の様子を思い出したくもないのか、唾を吐き捨てるようにして言った。

「やれやれ、長にとっとと店を建て直してもらわないとな」

これで事件は解決、とばかりにキールはグラスを干し、使用人の呼び鈴を鳴らそうとしたが、リープフラウが手を伸ばして呼び鈴を取ってしまう。

「……だったらいいんだけどな」

「不自然、というわけですね」

揉み合うキールとリープフラウを置いて、シノンとイェーガーは話を続けた。
キールが呼び鈴を諦めてシノンに疑問の顔を向ける。

「自生する場所は、年季の入ったギロチン台の根元か死霊が湧き出てきそうな戦場跡に限定される。ここじゃ人殺しなんて珍しいことじゃない。だけど……」

人と物が絶えず流動するマルベックにおいては、積年の憎悪や失意が停滞して土地に染み込むということは考えにくかった。

「お前の話からすると、その気味の悪い根っこがどこかにあるんじゃないのか?」

「……だな。誰かが持ち帰ったりしない限りは、な」

キールの指摘にシノンは重々しく頷いた。

「まさか、意図的に発生を促した輩がいると?」

イェーガーが推測する。

「話がややこしくなるから、考えたくはないんだが……理論的には不可能じゃない」

シノンは肩をすくめた。
キールもシノンが懸念していることを理解して、大きなため息をついた。
はっきりとした原因がわからなければ、彼らの身に及ぶ危険は取り払われないだろう。

「この人数で街じゅう探せってか……」

キールは言葉にしてはいけないと思っていたことを、思わず呻いてしまった。
 

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