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創作小説、エッセイ置き場です。ジャンルはごった煮です。誹謗中傷はおいやめろ。やめてください。お願いします。
Posted by - 2026.08.01,Sat
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Posted by imaginary-fruits - 2010.11.22,Mon


キールはもはや見るかげもなくなった店先で片づけを始めた。
シノンはすぐに神殿内の客人用個室で介抱されたが、まだ眠っている。
どうして魔術行使のあと卒倒したのか。
魔術に限らず、祈りや精霊との交信といった行動には凄まじい集中力を必要とする。
体調が悪い者や疲弊している人間が使えば倒れることも不思議ではない。
しかし、シノンの身体を診た限り、そういった要因は見つからなかった。
手当をした神官たちは首を傾げるばかりだったが、イェーガーだけはなにかを知っている様子だった。
気に入らなかったが、キールは敢えてイェーガーには追求しなかった。
もし、本当に伝えたいことがあるのなら、本人の口から聞くべきだと思う。
誰だって直視できない過去のひとつや二つある。
この街で最も付き合いの長いレフのことすら、キールはあまり知らない。
そしてキール自身も、自分がもとは商家の産まれであったことは誰にも言っていない。
お互いさまなのだ。

事件のせいで神殿に寝泊まりしなければならないとはいえ、ある程度の自由は認められていた。
そんなわけでキールはシノンの意識が戻るまで、今朝カイユたちにいいように破壊された店をせめて片づけようとやってきたのだった。

背後で足音がした。
キールは咄嗟に懐の投げナイフに手を伸ばす。
しかし、そこにいたのは純白の鎧に身を包んだ若い女騎士だった。

「勝手に動かないでいただきたいのですが」

息を切らしながらリープフラウは憮然として言った。
必ず二人ひと組で行動するように、とのイェーガーからのお達しだったが、キールはシノンの容体を聞くとすぐに神殿から出てきてしまったのだ。

「ああ、あんたか」とキールは彼女に一瞥くれると、再びがれきの山の整理にあたった。
その態度を見てリープフラウは険しい目をする。

リープフラウがマルベックの神殿にやってきたのはほんの最近のことだ。
彼女の故郷、アルキール大陸の北西部に位置する国家ヌーヴは、優れた統治体制のもと治安の良さと国力の豊かさではウィーネ諸国で一、二を争う。
そんな国の中流階級の家庭に産まれ、道徳や倫理といったものを教え込まれて育った彼女にとって、マルベックは背徳の街といっても差し支えなかった。
誰しもが理想や気高い思想に俯いて、目を合わせようともしない。
全身全霊を込めて人間の本来あるべき姿を説いても、その場では卑屈に笑い、裏でコインの勘定に精を出す。
そういった人々の吹き溜まりだった。
そして、昨夜初めて『生きた反応』をした者といえば、この男だったのである。

「キール、と言いましたね?この際です。はっきりさせておきましょう」

彼女はがれきの山にしゃがみ込む背中に近付いた。

「昨夜お会いしたときからそうですが、あなたはどうして神を蔑むようなことばかり口にするのです?人には救いが必要です。救いの対象を貶めることは間違っています。そうは思いませんか?」

キールは応えず割れた瓶を拾い上げ、首を振ってそれを投げ捨てた。

「あなたの信じるものはなんなのですか?」

リープフラウは重ねて問う。
どうせ応える気などないのだろう、と次の言葉をつぐために彼女は口を開きかけた。

「信じるもの、ね……」

予想に反してキールは手を止め立ち上がった。
振り返りじっとリープフラウを見つめる。
昨夜の出会いから今日の半分をともに過ごし、無礼で下賤だと毛嫌いしているはずの男の視線を彼女は真っ直ぐに受け止めた。
傾きかけた日が逆光になり彼がどんな表情(かお)をしているかはわからない。
わからないけれど、なぜか目を逸らしてはいけない気がした。

「……なあ、あんた、自分の上官のこと、どれくらい知ってる?」

返ってきた言葉は予想だにしないものだった。

「そ、それと、今の話とどう関係があるのですか?話をはぐらかさないでいただきたい」

「そんなつもりはない。ただ……少し思うところがあってね」

キールは少しの間、リープフラウの言葉を待っていたけれど、やがて肩をすくめて作業に戻ってしまった。
誠実に応えるべきだったろうか、とリープフラウが後悔したとき。

「俺はべつに、神様をバカにしてるわけじゃない。神様の名前を使って偉そうにしてる奴らが嫌いなだけだ」

背中を向けたままキールはぶっきらぼうにそう言った。

「そんな人間は……」

リープフラウが反論し切る前にキールは言葉を被せた。

「いるはずない、か?残念ながらいるんだよ、必ずな。そしてそいつらを許容してる神様は、あんたが信じてる神様と一緒なんだよ」

なにかしら、リープフラウのなかで引っ掛かるものがあった。
彼の言葉は、まるで……

「……キール、あなた……」

「……勘弁してくれ」

リープフラウの憐れむような視線に気付き、キールは失笑した。

             †

こそばゆい視線を感じ、シノンは意識を取り戻した。

「りんご……」

目を開けると昨日の子供の泣きそうな顔が至近距離にあった。

「ああっ、こら。こんなところに入って……」

たくさんの洗濯物を抱えた使用人らしい女が慌てて部屋に入ってくる。

「戻りましょ、ね?」

女が微笑んであやしても、子供はシノンのシーツを握ってその場から動こうとしない。

「お休みなさってるお客様に迷惑だし……」

彼女は塞がった両手と子供を見比べて困り果てた顔をした。

「いい」

シノンは掠れた声で女に言った。

「でも……」

「かまわない」

「助かります。それでは申し訳ございませんが、少しの間だけお邪魔させていただきますね。これを置いたらすぐに戻ってきますから」

女はにこやかに笑って部屋を出て行った。
子供は湯浴みをしたらしく飾り気のない清潔なローブを着せられ、ぼさぼさだった髪の毛は花のかたちを模した髪結いでひとつに束ねられていた。

「なんだお前、女の子、だったんだな」

シノンはそう呟いて子供に弱々しい笑みを向けた。

「りんご、りんご」

女の子は笑みを向けられて安心したのか、ベッドに上体を預けてぴょんぴょんと跳ねた。
こんな幼子がひとりきりで貧民窟にいた経緯は知るよしもないが、両親が見当たらず心細かったのだろう。
見知った顔を見つけて彼女は喜んでいるようだった。
いや、ひょっとしたらこの娘は産まれたときから親の顔を認識できる状況じゃなかったのかもしれない。
シノンは親がそばにいないのに、泣くこともない女の子の身の上を想像した。

「お前はどこで、どんな人たちから産まれたんだ?」

通じないとはわかっていたが、シノンは訊ねる。
子供は首を傾げて彼に顔を近付けた。

「……どうすれば、いいんだろうな」

シノンは子供の頬にそっと手を当てた。

             †


「原因はマンドラゴラってやつだ」

夜になり夕食の席でシノンは全員に説明を始めた。
彼の意識が戻ったという知らせはイェーガーによって、レフの酒場へ寄ろうとしていたキールとそれを止めようとしていたリープフラウに伝えられ、彼らは今、この事件に関わりのある四人だけで食事をとっている。

「なんだそりゃ?」

キールはもう五杯目になる食前酒に口をつけて訊ねた。
斜め前からリープフラウの視線が突き刺さるが、気にしないことにしておく。

「処刑台や戦場跡、そういったところに染み付いた諸々の思念を吸って自生する植物、というかなんというか」

「人の思念を養分にする植物、というよりは、魔法生物のようなものですか?」

「……そういうことだ」

シノンはイェーガーの言葉に頷いた。

「見た目は茄子に似ているが果実は橙色で甘い芳香を放つ。食えないこともないが不味くて好んで食う奴はいない。果実よりも根を使う場合が多いな。強力な毒性を持つが使い方によっては優れた薬にもなる」

「うえ、そんなところに生えるものを食うのかよ」

キールが舌を出して顔をしかめた。

「形を見たら余計に、口にしようとは思えない代物だな」

シノンはキールの言葉を聞いて懐から本を取り出し、あるページを開いて一同に見せた。

「こ、これは」

リープフラウが絶句する。
そこには頭に植物の枝葉を生やし、両手を後ろ手に縛られ身体を捩じらせたような格好をした人の絵があった。
絵そのものは写実的ではないが、マンドラゴラという植物の不気味さは充分に伝わる。

「マンドラゴラのおぞましいところは生える条件や、毒性だけじゃない。なんといってもこの根の部分だ。こいつは土から引っこ抜くと悲鳴を上げる。それもただの悲鳴じゃない。聞いた者が悶死するような悲鳴だ」

「なるほど、それであの遺体は……」

イェーガーが得心する。

「そう、あんたたちが見たっていう苦悶の表情、それに異常な力で掻き毟られた耳。死因については断定してもいいだろう」

シノンは遺体の様子を思い出したくもないのか、唾を吐き捨てるようにして言った。

「やれやれ、長にとっとと店を建て直してもらわないとな」

これで事件は解決、とばかりにキールはグラスを干し、使用人の呼び鈴を鳴らそうとしたが、リープフラウが手を伸ばして呼び鈴を取ってしまう。

「……だったらいいんだけどな」

「不自然、というわけですね」

揉み合うキールとリープフラウを置いて、シノンとイェーガーは話を続けた。
キールが呼び鈴を諦めてシノンに疑問の顔を向ける。

「自生する場所は、年季の入ったギロチン台の根元か死霊が湧き出てきそうな戦場跡に限定される。ここじゃ人殺しなんて珍しいことじゃない。だけど……」

人と物が絶えず流動するマルベックにおいては、積年の憎悪や失意が停滞して土地に染み込むということは考えにくかった。

「お前の話からすると、その気味の悪い根っこがどこかにあるんじゃないのか?」

「……だな。誰かが持ち帰ったりしない限りは、な」

キールの指摘にシノンは重々しく頷いた。

「まさか、意図的に発生を促した輩がいると?」

イェーガーが推測する。

「話がややこしくなるから、考えたくはないんだが……理論的には不可能じゃない」

シノンは肩をすくめた。
キールもシノンが懸念していることを理解して、大きなため息をついた。
はっきりとした原因がわからなければ、彼らの身に及ぶ危険は取り払われないだろう。

「この人数で街じゅう探せってか……」

キールは言葉にしてはいけないと思っていたことを、思わず呻いてしまった。
 

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Posted by imaginary-fruits - 2010.11.29,Mon

マルベック、ソーモン地区。
自治議会がある街の中心部で治安や利便性に力を入れているため、地価が高くこぎれいな宿屋や商業施設が軒を連ねている。
なかでも古くから存在し、老舗と呼ばれるような宿では、一泊しただけでも町民がしばらく暮らせるほどの宿泊費を請求される。
よってこの地域で宿を取る者は、各国の来賓をはじめとした、いわゆる貴族階級以上の人間たちに限られる。
並みの旅商や巡礼者、貧乏な冒険者たちは歓楽街やキールの店がある地区で治安の悪さに警戒しながら過ごすのが普通だった。
だからその二人組がフロントにやってきたとき、他の宿泊客はもとより従業員までもが好奇の眼差しを送ったのも、無理からぬことだった。

「こちらでしばらく宿をとりたいのです。空き部屋はございますか?」

やたらと丁寧な言葉遣いで訪問者のひとりがフロント係の男に訊ねた。

「どれくらいのご滞在をお考えですか?」

男は慇懃な態度を崩すことなく、宿泊名簿をめくった。

「ひと月ほど」

その言葉を聞いた瞬間、彼は失笑して女の顔を一瞥した。
顔にまだあどけなさが残る、女というよりは少女といったほうがよさそうな面持ちに、長旅用の無骨な外套で身を包んでいる。
少女の後ろには深緑のローブに身を包んだ人物が佇んでいた。
さっきからひと言も喋らないうえに、フードを目深にかぶって顔が判別できないが、背格好から男性のようだった。

「申し訳ございませんが、ただ今空き部屋はございません」

「……今の時期であれば宿屋はどこも閑散としている、と街で伺ったのですが。こちらはできたばかりのようだし、どこへ行くにも便利なので是非とも利用したいのです」

少女は疑わしげに彼の顔を見た。

「お褒めにあずかり光栄でございます。しかし申し訳ございませんが、手前どもの宿ではお客様にご紹介できるお部屋はございません」

男はいろいろな意味を込めて二人の宿泊を断ると、もう話すことはない、といった様子で自身の手元に視線を落とし、それまで着手していた作業に戻った。
にべもない様子のフロント係に少女が困惑の表情を浮かべて背後を振り向くと、フードに覆われた人物の頭部が微かに動いた。
彼女はそれを見て毅然とした態度でフロントに向き直る。

「とりあえず前金でこれだけお支払いたします」

そう言って彼女は外套のなかから、握り拳大の重そうな革袋を取り出した。
胡散臭そうに袋の中身を見た男の顔が強張る。
そこにはウィーネ諸国共通の金貨がぎっしりと詰まっていた。

「なにか?」

「い、いいえ。し、失礼いたしました。もう一度名簿を確認して参りますので、少々お待ちください」

男は大慌てで名簿を見直す『ふり』をしてから、咳払いをひとつ。

「ひ、ひとつだけご案内できるお部屋がございます」

「まあ、それはよかった」

少女は芝居がかった仕草で手を合わせる。

「滞在中に足りなくなりましたら、お手数ですがお声かけくださいね」

名簿に二人分の名前を素早く書き込みキーを受け取ると、可憐な花のような笑顔を残して少女はローブの人物と共に颯爽とフロントを後にした。

「どうもこの国の人々は金銭の有無で対応を変えるようですわ」

部屋に入ると少女は外套を脱いで手近にあった椅子の背にかけ、後から部屋に入った人物の羽織っていたマントに手をかけようとした。

「ユーリ様、どうされ……」

手で動きを制された少女が不思議そうな顔をすると、ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

ユーリと呼ばれたローブの人物から発せられた声は男のものだった。

「失礼します」

彼の返事を受けて若い男性の使用人が部屋に入ってきた。
使用人は食事をする場所やらなにやらをひと通り説明すると、指先を擦って見せた。
ユーリは自身の懐から金貨を一枚取り出して、少女に渡すよう促す。
彼女は面白くなさそうにしながらも、ユーリから受け取った金貨を使用人に手渡した。
使用人は深々とお辞儀をして部屋を出て行った。

「いやらしい笑いかた」

少女はたっぷり間を置いてからそう言って、部屋の鍵をかけユーリのマントを脱がせた。

「大金をちらつかせると、こうなるから嫌だね」

「申し訳ありません。私の交渉が拙いばかりに」

「ルマージュのせいじゃないよ」

ユーリは苦笑してベッドに腰掛けた。
王宮のなかにあっても遜色ない、柔らかな感触だった。
これなら彼女の身体にも負担にならないだろう、とユーリは内心ほっとする。

「すぐにでも『探索』に出られるのですか?」

ルマージュと呼ばれた少女は自身の外套とユーリのマントを抱えて衣装棚にかけたり、備え付けの茶器を用意したりと動き回りながら訊ねる。

「いや、今日は結構歩いたからね。ゆっくり休んで明日動こう」

その言葉にルマージュは少し複雑な顔を見せた。

「私なら、大丈夫です。まだ夕暮れまで時間がありますし、お伴しますわ」

ユーリはしばらく彼女の顔を見つめていたが、やがて目を閉じてベッドに寝転がった。

「うわっ、ふかふかだ。君もやってご覧よ」

「ユーリ様……」

「ぼくが疲れているだけだよ。マルベックには旨い煮込み料理があるらしいから、それを食べに行こう。君が作るのとどちらが旨いだろうね?」

「もう……」

子供のように笑う彼を見てルマージュも頬を緩ませた。
そして心のなかでそっと感謝する。

「それはそうとルマージュ」

「はい?」

「本当に同じ部屋でよかったのかい?」

「な、なにを仰るんです!」

少女はからかうようなユーリの言葉に、頬を紅潮させてそっぽを向いてしまう。

「ぼくも健全な男だからね。君のためを思ってさ」

「な、な、な……」

「資金のことなら心配ない。どうせ『結社』の連中は相当貯め込んでいるだろうから」

ルマージュは目を白黒させて抗議の言葉を考えていたが、やがて俯くと寂しそうに、ぽつり、と呟いた。

「なにもしないくせに……」

「冗談だよ、って……」

彼女の呟きとユーリの声が重なった。

「うん?なにか言った?」

「なんでもありませんっ」

先ほど廊下を歩いてきた使用人の足音には気付いたくせに、聞こえていないわけがないとルマージュは苛立つ。
彼女はユーリの背後に回ると、少し乱暴に彼のフードをめくり上げる。

「痛いな」

ユーリの『突き出た耳』が勢いよく飛び出した。

「『髭』にも引っかかったじゃないか」

「知りません、もう」

やれやれ、とユーリはルマージュの後姿を眺めながら、自分の『毛むくじゃらな頬』を撫でた。

 

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Posted by imaginary-fruits - 2011.01.19,Wed


「それで?」

男女が交わる生々しい臭いをすぐ隣に感じながら、キールとロングヴィルは向き合っていた。
歓楽街の一画にある娼館『カッツェ』の小部屋。
普段は娼婦以外の従業員たちが小休止したり、食事を摂るための場所で、薄汚れたテーブルと座り心地のすこぶる悪い椅子が二脚あるだけの粗末な部屋だ。
酒や食事を運んだり、客を案内するのは大抵が男の給仕だが、こんな場所で毎晩食事をしていると思うとキールは彼らに同情した。
もっとも、好きでやっている者もなかにはいるのだろうけれど。

「なにか具体的な情報はあったのか?」

「いいや」

ロングヴィルの吐きだす煙管の煙をぼんやり眺めながら、キールは力なく言った。
キールたちがあてのないマンドラゴラ探索を始めてから、既に五日が経とうとしている。
結局、人の形をした奇妙な植物の根はどこにもなく、馬を走らせて街の端から端を探しても自生しているような場所は見当たらなかった。
先の見えない現状もさることながら、キールの神経をより疲弊させることがある。
シノンが倒れた日以来、どうしてかキールの相方にはリープフラウがあてがわれた。

「どうして、って……キールさんは街を隅々までご存知でしょう?」

シノンの推測によってこれからの動きが定まった日の翌朝。
イェーガーが提案した役割にキールは断固抗議した。

「それならシノンのほうが貧民窟のなかはよく知ってるし、なんとかって魔術で街じゅうを洗えるじゃないか」

「シノンさんには私と資料集めをしていただきます」

「知識人気取りかお前ら!」

指を差されたシノンは彼の言葉など耳に入らぬようで、机に向かってなにかを読み耽っていた。
傍らに立ったリープフラウが「どうして私があなたとひと括りに……」とぼやく。

「じゃあ、あなたがこれを全部調べてくださいますか?」

イェーガーはそう言って、辞典ほどの厚さがある紙をキールの目前に突き出した。
全てのページは細かい文字で黒々としており、よくわからない図面やリストがある。

「ここ数ヶ月の間にマルベックへ出入りした人やものの概要です。これは私たちが巡礼者や関係する物資を記録するために集めたものです。全てに目を通したら、今度は自治議会、自警団、各ギルドへ行ってさらに多くの情報を集めます。リープフラウにはこれらの情報を引き出す権限がありません。私が代わりに街へ出ても意味がないのですよ。それとも、シノンさんと交替しますか?」

キールは押し黙ってイェーガーの指示に従った。
確かにイェーガーの人選は的確だった。
商人兼盗賊であるキールは街の表と裏の顔に精通しているし、リープフラウは治安の良い地区においては人々の警戒心を解く材料になる。

しかし。

「長……俺ぁ、もう限界だ」

キールは汚い机のうえに突っ伏した。

「相当、あの娘にしごかれているようだな」

ロングヴィルは紫煙をくゆらせながら苦笑した。

「笑いごとじゃねぇぞ。あのアマ、飯もゆっくり食わせちゃくれねぇ。神殿に戻りゃ酒が飲めねえから昼間しかチャンスはないってのに」

二人は水と油のように反発し合っていた。
大抵はリープフラウの頑なさにキールが匙を投げて従う、といった状態に落ち着く。
だからキールは欲求不満を溜め込むばかりであった。

「あいつの頭には鉄の塊が詰まってる。間違いねぇ」

「そうぼやくなよ」

ロングヴィルはそう言って懐から小さな酒瓶を取り出し、キールに放ってやった。

「あいつらの保護下に入らなかったら、お前らはここから出てくしかないだろ?俺としても可愛い子供を見捨てるのは気が引ける」

「使える人材、の間違いだろう」と言いかけてキールは旨そうに酒を飲んだ。
熱い塊が喉を過ぎて胃へと下っていく。
久しぶりの感覚にキールはほっと息をついた。

「ひとつ、役に立つかわからんが情報がある」

「なんだい?」

この際、藁にもすがりたい気持ちでキールは身を乗り出す。

「このところ、奇妙な二人連れが街のあちこちに現れるらしい」

「奇妙な二人連れ?」

「そう」とロングヴィルは説明する。
なんでもその二人は街のあらゆる薬屋と錬金術師の店、それに蔵書を抱え込んだ知識人たちの家を訪ねて回っているらしい。
ひとりは小柄な少女で、もうひとりは深緑のローブに身を包んだ怪人だと言う。

「ああ、そいつらなら一度だけ見かけたな」

キールは惚れ薬やら媚薬やらのいかがわしい薬を扱う店に聞き込みをしたとき、その二人組が出てくるのを見かけていた。

「万屋の推測が正しければ、これほど怪しい連中もいないだろう」

「単純に、二人でお楽しみってわけじゃなさそうだな」

キールはそう言って、もうひと口酒を飲んだ。


翌日、キールとリープフラウは街を探索するにあたり、やみくもに動くのではなく、薬屋、錬金術師の店を中心に回ることにした。
マルベックは国土が小さく、ほとんどを商業施設や住宅が占めているため農業や牧畜からは程遠い。
戦乱が起きて物流が止まれば真っ先に犠牲になるのは、この国に住まう人々だろう。
そのため自治議会は食糧や薬品の保存法に力を入れている。
自給自足に弱いという背景からマルベックは、薬草学や錬金術による長期保存用の加工技術に長けており、国外から食糧や薬草がよく運ばれる。
しかしそれがキールたちの調査をより困難にしていた。
来る日も来る日も調査書に目を通すシノンとイェーガーの労力には計り知れないものがある。
キールたちとて植物に関連するということで、今までも薬草や毒草の類を扱う場所を訪ねたことはあったが、有力な話を聞けたことはない。

結局、当たりをつけたものの、二人はマンドラゴラに関することはおろか、奇妙な二人組に会えることもなく昼食を摂ることになった。
日が少し傾きかけている食堂には人がまばらで、残っているものも軽食しかない。

「あと、エールをひとつ」

「結構です」

「……」

このやり取りも定型化してきたな、とキールは苦笑する。

「腹が膨れねぇよ。一杯くらいいいだろう?」

「ダメです」

リープフラウはぴしゃり、とキールの要望を跳ね退けた。
キールは諦めて、困った顔で二人を見比べている給仕に注文は以上、と手で合図した。

「あんたといると酒の神様に嫌われそうだ」

おどけて言うキールに向かって、「馬鹿なことを」とリープフラウは呆れ顔を見せる。

「毎晩、夕食のときに『食前酒』を飲んでいるではありませんか」

どこが食前なのか、と言いたげに彼女はそこだけ強調して言った。
キールは鼻を鳴らしてグラスに注がれた水を飲んだ。

「度を過ぎた飲酒は判断力を鈍らせます。夜は黙認しているのですから、日の明るいうちは自重してください」

「俺は酒の神様に愛されてるから、ちょっとやそっとじゃ正体なくしたりしないよ」

リープフラウはキールの軽口をため息で受け流す。
この男には緊張感や危機感というものが欠落している。
事件を解決しなければ彼は罪人扱いされ、法に守られたとしても相応の報復を受ける可能性があるというのに。

「まったく、あなたは自分の立場がわかっているのですか」

運ばれてきたサラダとパンに早速手をつけ始めるキールに向かってリープフラウは訊ねる。

「この事件の原因をはっきりさせない限り、あなただけでなくシノン殿も普通に暮らすことができないのですよ?」

「だろうなぁ」

キールの他人事のような反応にリープフラウは絶句する。

「なにかあてでもあるのですか?」

「なにも」

「それなら、なおのこと……」

キールは口に詰め込んだものを咀嚼し終えると、皿を彼女のほうに寄せた。

「食えよ。俺がひとりで全部食っちまう」

リープフラウは「はぁ」と曖昧に返事をしてパンを手に取り、千切って口に運んだ。
パンはほんのりあたたかく、香ばしい風味が口に広がる。
彼女はそこで初めて自分が空腹であったことに気付いた。

「食うときは食う、休むときは休む。これは大事だぜ?盗賊だろうが、商人だろうが、神官だろうが」

「……はい」

少し気恥ずかしくなってリープフラウは俯く。
そうしてしばし二人の間には食事の音だけが流れた。

「さっきの話」

食事を終え給仕が皿を下げると、キールはゆっくりと口を開いた。

「……ええ」

「もしそうなったら、街を出るだけさ」

「そ、そんなに簡単なことですか?あなたが今まで築いてきたものはどうするのです?ロングヴィル殿や懇意になさっている方々は……」

「さあね?また縁がありゃ、会えるんじゃないか」

「そんな……」

リープフラウの哀しげな顔を見て、キールはうんざりしながら言う。

「あのな、あんたがなにをそんなに心配してるのかは知らんが、俺にはしがみついてでも守りたいものなんてありゃしない。確かに店を失ったのは腹立たしいが、命を賭けるほどのもんじゃない。またどっかでやり直せばいい。生きてさえいりゃ、どうにでもなる」

「……」

「きっと、あいつも同じだと思うぜ。少なくとも俺の周りにはそういう考え方の奴しかいないよ」

「私には、理解できかねます」

「理解する必要はないし、俺たちの真似をする必要もない。あんたはあんたの信じる通りに生きりゃいいのさ。こうやってたまたまつるむ機会があったってだけじゃねぇか」

怒りを抑えているように声を震わせたリープフラウを見て、キールは不思議そうな顔を向けた。
リープフラウが下唇を噛み締めて、なにかを言おうとしたとき。

「お客様っ?」

食器が割れる音と給仕の声が聞こえた。

二人が音のしたほうに視線を向けると、そこには深緑のローブに身を包んだ人物と、その人物に抱きかかえられた小柄な少女がいた。
 

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